日経ナショナル ジオグラフィック社

こうした書き込みの伝統のおかげで、驚くべき発見が生まれるハットもある。カンタベリー地方のハカテレ保護公園にある「ダブル・ハット」の壁で、ドビーさんは、たくさんの名前のなかに紛れこんだ著名人の名を見つけた。「エドモンド・ヒラリー卿の名前があったのです。本人は『ヒラリー卿』ではなく、『エド・ヒラリー』と書いていました。世界最高峰のエベレストに登頂した彼も、このハットに泊まって、名前を書き残したのです」

あえて辺ぴにあるハットを目指す理由

DOCネットワークのすべてのハット制覇を目指す熱心なハイカーたちにとって、このような隠された物語を見いだすチャンスも動機の1つになっている。こうした自称「ハット・バガー」たちの職業はさまざまだが、子どもの頃からハットに夢中になっている人が多い。

エクストンさんが育ったウェリントン郊外は、港のある海岸と低木に覆われた急勾配の丘陵地帯に挟まれていた。同級生たちが道路を歩いて帰宅する放課後に、エクストンさんは丘陵地帯に登った。「下校してお茶の時間までの2、3時間に、私はいつも探検に出かけました」と当時を振り返る。60歳になった現在も、彼女は頻繁に丘陵地帯に姿を消す。ゴムボートやカヤック、ハイキングで、国内で特に辺ぴな場所にあるハットを目指すのだ。これまでに525のハットを訪れたという。

多数のグループを受け入れられる大規模なハットもある。「ルクスモア」はフィヨルドランドにあり、54人まで宿泊できる(PHOTOGRAPH BY VINCENT LOWE, ALAMY STOCK PHOTO)

荒野にぽつんと立ち、誰かに見つけられるのを待っているようなハットには、たまらない魅力があり、エクストンさんを引き付けてやまない。ハットにたどり着くのが難しいほど、感動も大きくなる。「ジャックス・フラット・ビーヴィー」への訪問が実現したのは、「2回の挑戦と3日間の旅、そして、12時間の辛いハイキングの果てのことだった」とエクストンさんは話す。

25歳のベンジャミン・ピゴットさんは、ハット・ハイキングがもたらす自由が大好きだ。「これは、ある種の避難ですね。友人関係を修復したり、火のそばでお茶を飲んだり、本当に大切なことについて話し合ったりするのです」

ピゴットさんは11歳の時に初めてハットを訪れたのがきっかけで、それ以来、ハットのとりこになっている。10年前から集中的にハット・ハイキングを始め、312のハットを訪れた。ピゴットさんのお気に入りは、ネルソン・レイクス国立公園にある「イースト・マタキタキ」で、6日間のハイキングで到着した。「深い雪とたくさんの冒険に満ちた感動的な旅でした。寒くてぬれていることが多かったですけどね」と、旅を振り返っている。

自然との絆を感じることこそ、ハット・ハイキングの醍醐味だ。「ニュージーランドの人々は、もともとアウトドア活動が好きなのです」とピゴットさんは言う。「私たちには、ガヘリ(ngahere:森林を意味するマオリ語)、つまり大地や森と深いつながりがあるのでしょう」

(文 PETRINA DARRAH、訳 稲永浩子、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年5月17日付]