研究者が自らクラウドファンディング 認知度もアップ
大学などの研究者がクラウドファンディング(CF)で研究費を調達する動きが広がっています。難病治療など社会性の高い研究テーマがCFによる支援に結びつきやすいほか、宇宙開発など夢のあるテーマを研究者がアピールして資金を集めるケースもあります。政府の研究予算が思うようにつかない中で、一般に広く研究への支援を訴えています。
東北大学大学院医学系研究科の古川徹教授は「膵臓(すいぞう)がんの早期発見と個別化治療」の研究で、2021年7~9月の期間でCFを実施しています。9月9日までに目標額の1500万円に達しました。難治性のがんである膵臓がんの早期発見・治療のため、患者から提供された組織の遺伝子解析をする費用に充てる計画です。
古川教授のCFのホームページには支援を寄せた人から「義母が膵臓がんで他界しました。家族のためにも期待も込めて支援します」といった「応援コメント」が寄せられています。CFの募集期限である9月末までに、第二目標である2000万円を目指しています。
古川教授はCF大手のREADYFOR(レディーフォー、東京・千代田)を通じて寄付を呼びかけました。同社は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、生活困窮者支援など社会課題の解決に向けたプロジェクトに力を入れていますが、近年は学術研究など「研究系CF」の扱いも増えています。「最近は基礎的な研究テーマが目立つ」(同社)といいます。
同社は17年以降、全国35の大学と包括連携協定を結び、研究者からCFのプロジェクト提案を受け付けています。
研究支援目的に特化したCFを運営するのがアカデミスト(東京・新宿)です。若手研究者の利用が多く「再生医療技術でサンゴ礁を絶滅危機から救う」「DNAから生物の老化機構を解明」「超小型衛星で河川の防災を実現」など、様々なテーマが並びます。
同社は現在、大気中や海洋から二酸化炭素(CO2)を除去する技術で、研究チームを公募・選考してCFや外国の技術コンペ参加を後押しするなど、研究者側にテーマを提案する活動にも力を入れています。
大学側が自らCFの仕組みを作る試みもあります。徳島大学系の一般社団法人、大学支援機構(徳島市)は徳島大や香川大学などの研究をCFで支援しており、16年10月の事業開始から約4年で累計支援額が1億円を超えました。
同機構はCF事業を始めた理由として「運営費交付金が削減されたため、国立大学法人は財政的に非常に厳しい状況に置かれている」ことを挙げています。大学が公的な研究費を補うためCFに頼る傾向は続きそうです。
町野明徳READYFOR取締役最高技術責任者「CFで大学と連携強化」
各地の大学とクラウドファンディング(CF)事業で連携するなど、「研究系CF」の掘り起こしに力を入れているREADYFOR(レディーフォー、東京・千代田)の町野明徳・取締役最高技術責任者(CTO)に、研究開発を巡る最近のCF事情を聞きました。
――CFを活用した資金集めが盛んですが、READYFORはどのような分野のCFを手がけていますか。
「一口にCFといっても、いくつかの形式があります。当社には『購入型』や『寄付金控除型』とよばれる形式があり、中でも医療機関やNPO法人が資金を集めたり、シングルマザーへの支援金を集めたりするなど、社会にとって必要な領域に寄付性の高いお金を流すことを得意としています。2011年のサービス開始以来10年間で約2万件のCFプロジェクトを手がけ、総額約200億円の支援を届けてきました」
――大学などの研究者がCFで研究資金を調達する試みが増えていると聞きます。
「研究活動への支援『研究系CF』において、当社では累計で約10億円の資金調達に成功しており、プロジェクト件数も年々増加しています。目立つのは医療分野で、研究系CFの約3分の1に達しています。希少疾患の治療法開発や、早期発見が難しいタイプのがんの診断技術開発などテーマは様々で、今年に入ってから基礎研究費を募るプロジェクトが増えています」
「また公的な予算が付きにくい新領域の研究開発費を募る事例も出てきています。医療以外では、近年関心が高まっている環境・エネルギー関連技術の開発案件もあれば、歴史研究など人文学系での研究資金支援を訴えるという事例もあります」
――研究系CFの場合、目標通りに資金が集められるのでしょうか。
「CFの募集方式には、目標額が達成されて初めて資金がもらえる『オール・オア・ナッシング』と、目標額に達しなくても集まった分だけもらえる『オールイン』の2つがあります。当社ではオール・オア・ナッシングが多く、目標金額への達成率は当社の場合75%程度です。研究系CFの成功率はこれより高めで、大半のプロジェクトが目標を達成しています」
――目標額を超えて資金が集まった場合はどうするのですか。
「期限までに集まった資金は、手数料を除いてすべてプロジェクト実施者の側に渡されます。ただ、資金の使い道について透明性を高めるため、研究系CFではプロジェクト立案の段階で何段階かの目標金額を設定してもらい、資金が多く集まった場合はより高い目標に挑戦してもらうことが多いです」
――研究系CFを一段と増やすための取り組みは。
「大学とCF事業での包括提携を積極的に進めています。2017年に筑波大学と提携したのを皮切りに、国立大学を中心に現在までに35大学との連携が実現しました。こうした大学には、学内にCFの担当窓口を設置してもらったりするため、学内の研究者がCFの手続きをスムーズに進められるようになることを期待しています」
――研究者らはどのような思いでCFプロジェクトを立ち上げているのでしょうか。
「成果が出るまでに長い時間がかかる研究テーマには公的な研究予算が付きにくかったり、途中で打ち切りになったりする恐れがあるので、そうした部分でCFを使いたいと考える研究者が増えていると感じています」
「資金集めだけでなく、研究を支援してくれる市民とのつながりを感じられるという人もいます。研究者が普段接するのは研究仲間や学生らが多く、市民の声を聞く機会が概して少ないようです。当社が実施したアンケート調査によると、CFに取り組んだことが一般の人々から自分の研究に興味を持ってもらう契機になった、という回答が8割に上りました」
「CFの良い点は、ウェブ上で誰にでも見られるような形で広く支援の呼びかけができることです。各プロジェクトの紹介ページには『応援コメント』を書き込む欄が用意されていて、寄付をした人が研究者にコメントを寄せることができます。研究者からは、こうした応援コメントを読んでとても励まされたとか、研究のモチベーションを高めるのにつながったという声を聞きます」
――昨年来の新型コロナウイルス感染症の流行でCF事業に影響は出ていますか。
「数年来、CFプロジェクトの件数や調達資金額は右肩上がりで伸びてきましたが、新型コロナの流行後は伸び率が一段と高まりました。緊急事態宣言が出ると飲食店などからのプロジェクト立ち上げの相談が増えるというパターンが続いています」
「当社の場合、支援者の主たる層は従前から30代から40代の方々ですが、新型コロナ流行後は、より若い層、あるいは65歳以上の高齢層からの支援申し出が目立って増えてきました。コロナ禍を契機に、CFという社会の共助の仕組みへの認知度が高まっていると実感しています」
(編集委員 吉川和輝)
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