日経エンタテインメント!

リーディングプロジェクト」の出演者。左から【出演】RON×Ⅱ、井上芳雄【演出・出演】橋爪功【演奏】渡部玄一

小さな舞台でしか得られないもの

第一幕の『関節話法』は、筒井康隆さんのSF短編を、ヅメさんの朗読とRON×Ⅱさんのタップダンスの音で表現していました。朗読劇の範疇(はんちゅう)を超えた面白いお芝居で、僕はただただ感心して見ていました。ヅメさんが関節を鳴らす音をRON×Ⅱさんがタップで表します。振り付けも全部RON×Ⅱさんに任されていたので、セリフに合わせて動けるように、「朗読劇だけど台本を全部覚えた」とRON×Ⅱさんが言ってました。1人の人間を2人で演じるという、不思議な、あのお2人にしかできない丁々発止の出し物でした。お客さまにすごく受けていたし、ヅメさんもそれがうれしかったと思います。

第一幕、第二幕と出ずっぱりだったので、ヅメさんは大変だったと思います。公演中に81歳になられたのですが、本当に敬服します。素晴らしい役者さんです。

今回の朗読劇をやった草月ホールは500席くらいで、公演の配信もなく、本当に限られた人にしか見てもらえないものでした。その小さな舞台でしか得られないものがあることもあらためて感じました。小さくなればなるほど、やっていることがシンプルになり、演技だけに集中できるようになります。集中しないと気づけないことがあると思うんです。 その一方で、たくさんの人に見てもらいたいというのも演者として正直な気持ちで、きっとそのどちらも必要なのでしょう。僕も最近はテレビのバラエティー番組に出る機会が増えて、つい反響が大きい方に流されそうになりますが、そうじゃないところにもちゃんと足を着けておかないといけないと思いました。

練習しないと得られないものもあるし、少数の空間だからこそ分かることもある。ジャンルも規模もスタイルも、いろんなものをやればやるほど学べることを実感した1週間。思っていた以上のものを得た、濃い時間でした。

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルで月2回連載中の「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。10月15日(土)は休載、第124回は10月29日(土)の予定です。


夢をかける

著者 : 井上芳雄
出版 : 日経BP
価格 : 2,970 円(税込み)