
小さな舞台でしか得られないもの
第一幕の『関節話法』は、筒井康隆さんのSF短編を、ヅメさんの朗読とRON×Ⅱさんのタップダンスの音で表現していました。朗読劇の範疇(はんちゅう)を超えた面白いお芝居で、僕はただただ感心して見ていました。ヅメさんが関節を鳴らす音をRON×Ⅱさんがタップで表します。振り付けも全部RON×Ⅱさんに任されていたので、セリフに合わせて動けるように、「朗読劇だけど台本を全部覚えた」とRON×Ⅱさんが言ってました。1人の人間を2人で演じるという、不思議な、あのお2人にしかできない丁々発止の出し物でした。お客さまにすごく受けていたし、ヅメさんもそれがうれしかったと思います。
第一幕、第二幕と出ずっぱりだったので、ヅメさんは大変だったと思います。公演中に81歳になられたのですが、本当に敬服します。素晴らしい役者さんです。
今回の朗読劇をやった草月ホールは500席くらいで、公演の配信もなく、本当に限られた人にしか見てもらえないものでした。その小さな舞台でしか得られないものがあることもあらためて感じました。小さくなればなるほど、やっていることがシンプルになり、演技だけに集中できるようになります。集中しないと気づけないことがあると思うんです。 その一方で、たくさんの人に見てもらいたいというのも演者として正直な気持ちで、きっとそのどちらも必要なのでしょう。僕も最近はテレビのバラエティー番組に出る機会が増えて、つい反響が大きい方に流されそうになりますが、そうじゃないところにもちゃんと足を着けておかないといけないと思いました。
練習しないと得られないものもあるし、少数の空間だからこそ分かることもある。ジャンルも規模もスタイルも、いろんなものをやればやるほど学べることを実感した1週間。思っていた以上のものを得た、濃い時間でした。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。10月15日(土)は休載、第124回は10月29日(土)の予定です。