
「オクシブ」に対して、「ウラシブ」と呼ばれるエリアがある。JR渋谷駅から京王電鉄井の頭線に乗り換えて1つ目の神泉駅が最寄り駅だが、渋谷駅から徒歩で渋谷マークシティの中を通り抜けて、建物を出れば2、3分で目的地の裏渋谷通りに行くこともできる。時代の空気をいち早く読んで話題になる店がたびたび登場するこのエリアに、2021年4月にオープンしたのが「蕎麦(そば)前酒場 はんさむ」(東京・渋谷)だ。派手な看板もなく、外観もすっきりしているので、日中はあまり目立たないが、夜になると他のどの店よりもオーラを放つ店になる。
訪れたのは平日の午後5時半。夜の営業が始まって30分ほど過ぎていたが、すでに60代とおぼしき1人客の男性が、窓際のテーブル席でゆったり酒とつまみでくつろいでいた。

そば前といえば、板わさや焼きノリ、焼き味噌など、渋いつまみが思い浮かぶ。「はんさむ」のそば前は、酒がすすむという点では同じだが、中身はもっと自由だ。
東京・世田谷の下北沢と用賀で「蕎麦と鶏 はんさむ」を経営している同店は、鶏のつまみがおいしいという前情報があったので、「つくば鶏 白レバーのオイル漬け」(638円)と、一番人気の「里芋と牛すじのポテトサラダ」(748円)を注文した。鶏のから揚げもあったが、これは後半で頼むことに。
オススメの「本日のメニュー」では、刺し身やなめろうなど鮮魚のメニューが目を引く。神泉では物件の都合で下北沢店や用賀店のように焼き鳥が提供できなかったため、魚に力を入れているようだ。本日の「鮮魚のなめろう」はブリ。しめサバやメヒカリの唐揚げ、揚げたてのさつま揚げといったオーソドックスなつまみも並ぶ。
店が日本酒推しであることは、入り口の杉玉や壁に並ぶ一升瓶から一目瞭然なのだが、レモンサワーはスタンダードのほかに「甘口」「しょっぱい」「辛口ドライ」の計4種(すべて638円)、ハイボールは「角ハイボール」(528円)から「蕎麦ハイボール」(638円)まで、こちらも計4種と、選ぶ楽しみがしっかり用意されている。ほかは焼酎(麦・芋・そば)とワイン、緑茶割りやそば湯割りなどがある。メニューには書いていないが梅酒もあるそうだ。1杯目は軽く生ビール(638 円)から始めることにした。

飲み物を待つ間、店内を見まわすと、外観はすっきり今どき系だが、内装は少しトーンが違う。おじさん、おばさん世代もほっと落ち着く、いい意味でゆるさを感じる造りになっているのだ。
「そば屋は外から中の様子が見えない造りの店が多くて、僕の年齢(41歳)でもいまだに敷居が高くて緊張することが多いんです。入り口を全面ガラス扉にしたのは、中の様子がよく見えれば、若い人も入りやすいから。場所柄もありますが、20代でも入りやすいそば屋を目指して作りました」(代表の岡崎龍太さん)
そば店というと、そば粉の産地や自家製粉、打ち立てなどそば本体にこだわる話はよく聞いても、若い人が入りやすい店を目指しているという話はあまり聞かない。とはいえ、若い人だけをターゲットにしているわけでもないようで、そのあたりが絶妙なバランス感覚で空間に表現されている。