日経ナショナル ジオグラフィック社

以前から、熱帯地方の人々は、ハリナシミツバチの巣から蜂蜜と蜜ろうを集め、風邪や皮膚疾患、胃腸障害、さらには糖尿病やがんの治療に利用してきた。こうした薬効の一部を裏づける研究成果が少しずつ発表されているが、その多くはまだ予備段階にとどまっている。パナマにあるスミソニアン熱帯研究所のハリナシミツバチ専門家、デビッド・ルービック氏は、蜂蜜の薬用効果については、さらなる調査が早急に必要だと話している。

アラザ(Eugenia stipitata)の蜜を集めるハリナシミツバチ。アラザの果実と、アラザの授粉を担うハチの蜂蜜に関して、抗がん性を示す予備的なエビデンスが確認されている(PHOTOGRAPH BY ANA ELISA SOTELO)

「私たちは、食用にも薬用にも蜂蜜を利用しています」と、養蜂家のエリベルト・ベラ・コルドバ氏は言う。ペルーのサンフランシスコ村に住むコルドバ氏は、クカマ・クカミリア先住民コミュニティーの一員だ。「食用としては、コーヒーに入れたり、パンに塗ったりします。薬としては、気管支炎、肺炎、やけど、切り傷、風邪、関節炎の治療に使います」

森の魔法使いたち

南北米大陸の熱帯地方で暮らす先住民は、数千年前から、数十種ものハリナシミツバチの蜂蜜を採集してきた。社会性昆虫であるハリナシミツバチは、1匹の女王バチと多くの働きバチからなるコロニーを形成する。その名前からもわかるように、ハリナシミツバチは防御に使えるような針を持たない。そのためセイヨウミツバチなどと比べて飼育時の危険は少ないが、大あごで敵にかみついて痛手を負わせることはある。

世界の熱帯、亜熱帯にはさまざまなハリナシミツバチが生息し、その養蜂業もさまざまだ。ユカタン半島のマヤ文明の人々が洗練させたハリナシミツバチの養蜂技術は、現代にも受け継がれている。マヤ人以外の多くの先住民も、伝統的に野生の巣から蜂蜜を採集してきた。

ブラジル、セアラ連邦大学の研究者ブレノ・フレイタス氏によると、ブラジルではハリナシミツバチの養蜂が広く普及し、近代化が進み、人気も高まっている一方で、ペルーではまだその発展と拡大は始まったばかりだという。

現在、ペルーでは、アマゾン川流域の半数の州の少なくとも100世帯が、ハリナシミツバチの養蜂に取り組んでおり、その多くは、デルガド氏の指導を受けてきた。ハリナシミツバチは、一般のミツバチのような巣ではなく、ハニーポット(蜜つぼ)と呼ばれる球形をした小部屋に蜂蜜をためる。そこで、デルガド氏は、蜂蜜を採集しやすいように、長方形の箱を使った飼育方法を教えている。

ルービック氏によれば、森で蜂蜜(とハチ)を採集すると、重要な送粉者であるハチに被害をもたらす。だが、養蜂業であれば、ハチの群れを分割して新しい巣を作らせ、安定した収入源を確保することができるという。

ハリナシミツバチは、ミツバチよりも授粉する植物の好みがはっきりしている。在来種として長く生息する地域では、在来植物の授粉が得意で、健全な生態系を維持する重要な働きをしている。フレイタス氏は、このハチを飼育する場合も、こうした土地で行うべきだと話している。また、ハリナシミツバチは、農業にも恩恵をもたらす。デルガド氏が共同執筆した2020年の論文によれば、畑の近くで飼育すると、カムカムという在来果樹の収穫量が50%近く増加した。

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命と健康の維持に役立つハチ