なぜネズミとネコの甲冑なのか 手作りの芸術品

ナショナルジオグラフィック日本版

ジェフ・デ・ボーア氏が制作したネコの甲冑。かぶとと尾部にネズミをあしらっている。デ・ボーア氏は甲冑の魅力について、「甲冑は政治的、軍事的なものであると同時に、パレードや式典でも使用されます。その目的や理由は、歴史の中で絶えず変化しています」と語る(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)

「いつも冗談で言っています。最初にネズミの甲冑(かっちゅう)を作ったとき、私は人類史上最高のネズミの甲冑職人になった、とね」とカナダのアーティスト、ジェフ・デ・ボーア氏は語る。デ・ボーア氏は36年にわたり、博物館に展示されていてもおかしくないクオリティーのネコやネズミの甲冑を制作してきた。

ネズミ用の十字軍の甲冑から、ネコ用の中世イスラム風の鎖かたびらまで、この間にカルガリーの工房での制作した甲冑の数は500点を超えるとデ・ボーア氏は見積もっている。

ネズミの甲冑の一部に、浮き彫りの技法を使って細工を施す(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)
部品が柔軟に動くよう、小さなリベットで細工を施す(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)
カルガリーの工房で作業するデ・ボーア氏。36年前に初めてネズミの甲冑を作って以来、デ・ボーア氏は500点を超える動物の甲冑を制作してきた(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)

デ・ボーア氏の目的は、甲冑を実際に動物に着せることではなく、人々の想像力を刺激し、弱者の勇気を奮い立たせることにある。

「私の作品には、一人ひとりの物語が込められています」とデ・ボーア氏は説明する。「私は物語の作者ではありません。まだ実現されていない物語を芸術品にしているのです」

すべてはネズミから始まった

デ・ボーア氏が最初に刺激を受けたのは5歳のとき、カルガリーのグレンボウ博物館でさまざまな甲冑を見たことだ。「小さな子どもは甲冑を面白いものと認識していると思うのですが、私にとっては、いつまでも忘れられないものでした」と59歳のデ・ボーア氏は振り返る。「これはどのように作られたのだろう? 誰が着ていたのだろう? なぜそれを着ていたのだろう? あの甲冑はどのような体験をしたのだろう? そのような考えが私の人生に付きまとっています」

デ・ボーア氏は父親の金属加工工場で工作を始め、高校生のとき、初めて人間用の甲冑をつくった。しかし、1980年代半ば、美術学校でジュエリーデザインを専攻していたデ・ボーア氏は、当時制作していた小さな作品と甲冑への情熱を調和させる必要があった。人間用の甲冑のミニチュアをつくることもできたが、それは本物ではないと感じた。それでは、どのような甲冑を作れば、小さくても本物だと感じられるのだろう?

「そして、私は気付きました。ネズミの甲冑を作ればいいと」とデ・ボーア氏は回想する。「それが転機でした。ウォルト・ディズニーが言ったように、『すべてはネズミから始まりました』」

ニッケル、真ちゅう、アルミニウム、レザーで作られた「チューダー・キャット」アーマー(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)
デ・ボーア氏の最新作「マラーター王国とフサリア隊を融合したネズミ」。17世紀のインドの甲冑とポーランドの騎兵隊フサリアの特徴的な翼を組み合わせている(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)
銅と真ちゅうでできた「ブラック・ナイト・ジョスティング・マウス」。騎士の馬上やり試合をイメージしている(PHOTOGRAPH BY CHRISTIE HEMM KLOK)

ビジョンが見えてきたとき、甲冑を身に着けたネズミの世界には敵も必要だ、とデ・ボーア氏は考えた。もちろん、それはネコだ。

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