2022/9/30

水平的に人事異動できる道も用意すべき

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

佐藤 グラットン教授は、企業は垂直的昇進だけではなく水平的異動も可能な人事システムを構築すべきだと主張しています。これは具体的にはどういう意味ですか。

グラットン それはつまり、勤続年数に応じて報酬を決めるのではなく、職責や仕事の内容に応じて報酬を決めるべきだということです。勤続年数の長い社員が、自らの経験や知識を生かし、新しいことを学び続け、その結果、優れた業績をあげていれば高い報酬をもらっていても問題ありません。しかし単に「勤続年数が長いから」「年齢が高いから」という理由だけで高い報酬をもらうのは合理的ではありません。

私の考えは、企業は社員一人ひとりの能力を理解し、複数のキャリアパスを提供すべきだということです。もちろん卓越した業績をあげているエリート社員であれば、どんどん出世していきたいと思うでしょう。こうした社員のモチベーションを保つためにも垂直的昇進は必要です。しかしながら、社員の皆が皆エリートではないわけです。すると中には、昇進にそぐわないケースや本人が昇進を望まないケースも出てくるでしょう。

企業は、垂直的に昇進する道だけではなく、同レベルの役職で水平的に人事異動できる道も用意すべきです。肩書が変わらないと「自分は出世に遅れてしまった」とマイナスにとらえる人もいるかもしれませんが、横への人事異動は何もキャリアの停滞を意味するものではありません。むしろ経験を広げ、新たな人脈を築き、より社内で活躍する機会となるのです。

早期退職推奨は大きな間違い

佐藤 コロナ禍で日本では主に50歳以上を対象に早期退職者を募集したり、退職勧奨を実施したりする企業が増えてきています。このような動きについてはどう思いますか。

グラットン 私は日本企業が早期退職を推奨するのは大きな間違いだと思います。まず国にとっては大きな損失です。国にとって望ましいのは、国民にできる限り長く働いてもらって、できるだけ多くの税金を納めてもらうことです。しかし、仮に50代で会社を辞めてしまう人が増えれば、日本の財政は大きな問題を抱えることになります。退職した後、その人が別の職場で同じように活躍できればよいですが、完全に仕事を辞めてしまえば、収入は大幅に減り、納税額も減ります。そうなれば国の財政は確実に悪化します。

さらにこれは企業にとっても望ましいことではありません。シニア社員の中には卓越したスキルを持つ人たちがたくさんいますから、こうした人たちを手放してしまうことは、企業にとっても損失となります。企業は早期退職を促す前に、どのようにしたらその人たちに能力を発揮してもらえるかを考えるべきなのです。

佐藤 シニア社員の割合が大きいと若手社員がやる気や希望を失い、組織が活性化しないという指摘もありますが、これについてはどう思いますか。

グラットン それは年功序列制度を基本に考えているからでしょう。年齢や勤続年数に応じて、報酬や職責が決まっていく仕組みをベースに考えるから、そのような結論になるのです。より柔軟な働き方、より多様なキャリアパスを提供する人事制度があれば、シニア社員の多寡にかかわらず、若手社員は希望を見いだせるでしょう。

優秀な若手は早く出世して、早く経営に携わることができる。できるだけ長く勤務したいシニア社員は実力にあった職責で長く勤務することができる。こうした仕組みを構築できれば、若手社員も中高年社員もより活躍の場を得られます。

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