篠原さん 海馬を中心としたネットワークとして重要なのが「パペッツ回路」です。海馬、視床、帯状回(たいじょうかい)を通るパペッツ回路は、ネガティブ経験をしたときにはぐるぐる回り続けるため、「あの人は嫌い」といった感情的な記憶は強く刻まれ、増幅していきます。

――嫌い、という感情はぐるぐる回って増幅していくのですね。「あの人は細かいことをネチネチ言うから嫌い。そう、嫌いなのは細かいことをネチネチ言うから……」というふうに。

「嫌い」の感情で活性化する脳の部位、記憶の回路

図=PIXTA

脳に「快」の刺激を送ることで好みを操作できる

――ネガティブな感情や記憶はぐるぐる回って強化されていく。一方で先生は冒頭で、「その感情はコントロールできる」ともおっしゃいました。

篠原さん 「選好(せんこう)」のコントロール、つまり「好み」は操作できる、ということがサルによる実験で示されています。

まず、2つの図形をサルに見せ、どちらの図形を好むかを、視線が止まった持続時間から把握します。長く視線が止まる図形のほうを「好き」と判断します。

サルの好きな図形が分かったら、次にある操作を行います。好きではない図形を見せたときにジュースを与えるのです。すると、もらったご褒美によって快感や興奮を引き起こしドーパミンを放出する「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という部分が活性化し、好きではない図形を好むようになる、つまり「ある図形と快感がセットになる」ことによってその図形が好きになる、ということが分かったのです[注1]

――何を好むか、というのは変えられないものだと思っていたのですが、「うれしい出来事」が組み合わされると案外簡単に変わることがあり得る、ということですね。

篠原さん ドーパミンの分泌を促す脳の部位は、「腹側被蓋野」以外にもあります。「帯状回」もその一つです。

人を対象とした研究があります。複数の人の顔の写真を見てもらい、主観的な「好き」から「嫌い」の10段階で評価してもらいます。その結果、「この人は5ぐらい好き」、「10ぐらい好き」、というふうにいろいろな評価が行われますが、このときに脳活動をスキャンすると、「帯状回」が活性化するときはより「好き」の評価が起こり、反対に、帯状回が活性化しないときには「好き」の評価が出にくくなります。

そこで今度は脳活動をスキャンしながら、帯状回の活動度合いが大きい(好きと感じている)ときに、目の前にある丸マークを大きくしていきます。逆に、帯状回の活動度合いが低い、つまり嫌いなときには丸マークを小さくしていきます。

次に、2ぐらいしか好きでない顔の写真を見ながら、すぐ横にある丸を大きくしていくトレーニングをするのです。ここでのポイントは、その丸の大きさが好きの度合いを高めているという脳の仕組みについて被験者は伝えられていない、ということ。このトレーニングをした後に、再度、複数の人の顔を見てもらい評価してもらうと、2ぐらいしか好きじゃなかった人の顔が、4とか6ぐらい好きに変わっているのです。反対に、8ぐらい好きを4ぐらいに下げることもできます。

――好き、とか嫌い、という思い込みから解放された状態で、脳に刺激を与えると、嫌いが好きになる。反対に好きが嫌いになることもあるというのは驚きです。

篠原さん 人の好き嫌いは、脳に刻まれます。しかし、嫌、と思っていても脳を快の状態にしてしまえば簡単に好きになる、ということが起こり得るわけです。

たとえばあなたの大嫌いな男性がいるとします。でもその人から800万円のダイヤモンドをもらったら、けっこう好きになってしまうかもしれませんよ。

――少なくとも「あれ?」とは思うかもしれませんね(笑)。

[注1]Curr Biol.2014 Jun 16;24(12):1347-1353.

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「嫌い」を「好き」にするには「繰り返しの刺激」が必要