外交に活用した周恩来首相

食のセミナーで講演する慶応大の岩間一弘教授

――中国料理は国際外交上の「ソフトパワー」として注目され始めますね。

「大いに活用したのが周恩来首相(1898年~1976年)です。食事中の雰囲気を良くするために角卓を丸卓にし、外国人が食べやすいように北京ダックを巻く餅(ピン)も円形から楕円形に変えるなどキメ細かく先駆的な創意工夫を凝らしました。食材もツバメの巣はタイ、フカヒレは南シナ海、アワビは大連、伊勢エビは福建、羊は張家口などと厳選されました。ただ闇雲に高価な食材を集めたのではありません。例えば北京ダックは高級感がたっぷりですが、素材自体は安価なのです」

「各国要人に合わせたメニューも多彩でした。1971年に秘密訪中したキッシンジャー米大統領補佐官には北京ダックを、72年のニクソン米大統領訪中時は北京ダック、雲南ハムと腸詰、上海ガニ、東坡肉にマオタイ酒などでもてなしました。タケノコの白汁煮は四川省の名産をわざわざ『政治任務』として北京に取り寄せました。金日成・北朝鮮首相には好物の犬肉料理を必ず一品供えました」

「周首相没後も86年のエリザベス英女王には伝説の『佛跳牆』(フォーティアオチャン、十数種類から数十種類の高級食材を何日もかけて調理する福建料理の伝統的な高級スープ。名前の由来は「あまりの美味しそうな香りに修行僧ですらお寺の塀を飛び越えて来る」から)でもてなしました。92年の平成天皇・皇后訪中では、上海ガニの身をあらかじめ取り出してから殻に戻し、あれこれ手で剝いたりしなくても、食べられるように配慮しました。エリツィン露大統領には料理の量を多くする一方で、ロシア人が好まないとされるナマコを避けました」

「一方の毛沢東主席(1893年~1976年)は文化としての中国料理は自慢しましたが、美食にはあまり関心がありませんでした。好みは郷里・湖南風の辛い料理や豚肉の脂身、ラード油の味付けなどです。最高実力者になった鄧小平氏も(1904年~97年)も供宴の時間を1時間15分に短縮するなど合理化を進めました。ただ美味な食材には敏感で、地方巡察中に『こんな美味しいアワビが食べられるのも改革開放のおかげだ』と自画自賛しました」

食の米中対立、今も

――「覇権を握った帝国・大国の料理が国際的に好まれる」と著書で指摘しています。米国発のハンバーガー店の繁盛ぶりを見るとうなずけます。現在では食のテーブル上で米中対立が展開しそうです。

「政治的な対立が先鋭化する前から、環境保護の視点で『フカヒレ』を忌避する動きが米欧中心で広まっていました。世界自然保護基金(WWF)をはじめとするサメの乱獲や残虐な手法『shark finning』への批判で、中国でも公式な宴会料理としては難しくなっています。ただ需要は依然として高いです。ちなみに気仙沼で水揚げされるヨシキリザメとネズミザメは絶滅危惧種でなく、明治期からカマボコなどの練り物製造も盛んで、理不尽な食文化とはいえません」

「中国は豚肉の消費が多すぎると、米国のNGOから非難されています。中国は最大の豚肉生産国・輸入国ですが、若い世代を中心にベジタリアンも中国で増えています。『牛肉生産の方が豚肉の2、3倍のコストがかかる』とも反論されています。ただし、中国の豚の飼育用に米国産のトウモロコシが使われており、最近でも中国の豚肉食が世界的にトウモロコシの価格を押し上げました」

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