1つは、2015年の欧州糖尿病学会で発表された糖尿病治療薬に関する「EMPA-REG OUTCOME Study」という論文が、あまりにも内容が凄すぎて、全世界の医師たちが無断コピーして使い始めたことです。さすがに、これを止めることは著名な米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)」でも無理だったようです。
こうした動きがあったからでしょうか。翌年の欧州糖尿病学会では、とんでもない発言に出くわしました。あるカンファレンスで、座長が開口一番、「今日のこの発表はネットで公開します。いくらでもコピーしても、使い回ししても構いません。どんどんシェアしてください」と宣言したのです。
さらに驚いたのは同じ年のアメリカ糖尿病学会です。「slides are available(発表スライドは利用可能)」との表示のある講演はいくら写真を撮影しても構わないとなっていたのです。一方、「not available(利用不可)」とあるものは撮影禁止とされていました。研究成果をポスター形式で発表するポスターセッションの会場では、その表示すらない場合もありました。
第2の事件は、正体不明の路上アーティスト、バンクシーの作品が非代替性トークン(NFT、唯一無二のデジタル資産であると証明できるもの)で販売されたことです。デジタル化されたデータを「唯一」のものとして、ネット上で販売できるのであれば、オリジナルをもつ医師は、論文を投稿する前の「世界初の症例の写真」「世界初でみつけた現象の図表」を頒布できるのではないでしょうか。
こうした問題を解決すれば、医療の世界に世界規模の地殻変動が訪れるのではないでしょうか。全く新しい概念にもとづく「医療動画収集のプラットフォーム」の「フォーマット」を作れる可能性があるはずです。バンクシーの「シュレッダー事件」(2018年、当時1億5000万円あまりの価格で落札された絵画作品をその直後、額縁に仕掛けたシュレッダーで細断した)のようなことがあれば、社会は注目してくれるのかもしれません。
デジタル資産を保有する価値を理解することができれば、日本のみならず、世界にむけて、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用した自律分散型ネットワーク「Web3.0」的な発想をもつ、医療情報発信プラットフォームを構築することも、夢ではないのです。

1957年山形県生まれ。83年慶大医学部卒。東京都済生会中央病院で糖尿病治療を専門に研さんを積む。 その後、国立栄養研究所、日本医科大学老人病研究所(元客員教授)などを経て、現在はHDCアトラスクリニック(東京・千代田)の院長として診療にあたる。
鈴木医師が院長を務めるHDCアトラスクリニックのHPでは、専門である糖尿病に関する情報を幅広く紹介しています。