エルクは19世紀後半までに東部では狩猟による乱獲で姿を消した。エルク狩りの復活を目指す狩猟団体の奔走が実り、2010年代前半にバージニア州はケンタッキー州から75頭を導入した。ケンタッキー州の群れも、ロッキー山脈から連れてきた個体を繁殖させて増やしたものだ。バージニア州当局は移送されたエルクをTNCの土地の一画に放すことにした。
このエルク再導入事業にボランティアで加わったレオン・ボイドの案内で、州当局の科学者2人とともに、エルクの新たな生息地に向かった。木々の間を縫って進む車は、台地に上がっていった。アパラチア山脈に残された別の炭鉱跡地だ。こちらは牧草に覆われていた。地平線を背景に、雄のエルクの堂々たるシルエットが見えた。
「この地域で育った私たちは、野生動物を銃で仕留めたことはおろか、見かけたことさえ、ほとんどありませんでした」とボイドは話した。あるとき、上司がニューメキシコ州にエルク狩りに連れていってくれたという。群れを成して大自然のなかを移動する野生動物の姿に、ボイドはたちまち魅せられた。
私たちは車を降りて、数頭のエルクの左手に回り、その後を追った。周りには、多様な植物が育っていた。それらは州当局の生物学者が選んだ草花で、エルクの食物となり、花粉を運ぶ昆虫や鳥を引き寄せる役割を果たしている。州のエルク再導入事業を率いるジャッキー・ローゼンバーガーが、フタオビチドリの巣穴を指さした。そこには、斑点がある薄い青緑の卵が4つ並んでいた。
エルクはすぐ近くにいて、警戒の色も見せずに、こちらをじっと見つめていた。灰色がかった茶色の大きな胴体を、すらりと伸びた長い脚が支えている。
ここにいる群れはこれまで狩りの対象にはされてこなかったが、それも時間の問題だ。目標は「『狩猟可能な生息数』に増やすことだ」と、ローゼンバーガーは言う。2022年には初めて狩猟が解禁されるが、頭数は6頭に制限され、それも成長した雄だけだ。加えて、観光客用の施設もあり、秋の発情期には雄同士が闘う様子、春には生まれたばかりの子ジカを世話する親ジカなどを観察できる。
「観光客のなかにはすでにリピーターもいて、近くの村にお金を落としてくれます」とボイドは言う。「年を追うごとに収益が上がり、手応えを感じています」
破壊よりも利益が出る保全の仕組み
TNCはこの土地をずっと管理し続けるつもりではない。一般開放の規定や、生態学的に最も重要な区域の開発制限など、恒久的な利用規定を契約書に盛り込んで、いずれは土地を売却し、その収益を投資家に還元する予定だ。
利益を追求すれば必ず自然資源を乱用することになると主張して、こうした事業を批判する人もいる。その言い分はわかるが、あらゆる場所で保全活動を進めるためには、経済活動に利用されている陸域や水域も守る必要がある。
ミードによれば、排出枠を売らなければ、TNCの事業は投資家が満足するほどの利益を生み出せない。伐採される森林の面積は年間400ヘクタール程度。しかもその多くの森に残っているのは、パルプ材として売られる価値の低い木ばかりだ。「伐採せずに排出枠取引に利用するほうが利益は上がる」とミードは言う。
経済活動に利用されている土地の保全活動では、その所有者がメリットを得られる制度を設けることが大いに役立つ。保全するほうが破壊するよりも利益が上がる仕組みをつくること。それが成功の伴を握る。
(文 エマ・マリス=ノンフィクション作家、写真 スティーブン・ウィルクス、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版 2022年9月号の記事を再構成]