日本料理の技法をふんだんに取り入れる

賀茂ナスとホワイトコーンをのせたクレープ

その後はグリーンアスパラガスとアオリイカの料理で、さらに続くのは、イタリア中部の料理、ピアディーナから発想したクレープ料理。クレープ生地は、千葉県のイマフンという生産者が自家採種するイタリアコムギの全粒粉と北海道の薄力粉、オーツミルクを混ぜたもの。クレープにのるのは、素揚げした賀茂ナスとホワイトコーン、アマランサス、シュンギク、バジル。アーリオ・エ・オーリオ(ニンニクとオリーブオイル)風味のパン粉とアーモンド、そして揚げエシャロットも入っている。ソースにはホワイトコーンのピュレ、バジルペースト、ホワイトバルサミコが使われている。

これらの具を巻いて食べるクレープは、日本人の誰もが好きなモチッとした食感だ。これに合わせたのは、エチオピア産とエクアドル産の豆による焙煎の浅い水出しコーヒー2種。料理とのコーヒーペアリングはまだ珍しく、料理の風味が深みを帯びるのを感じた。

この後に、高い熟成技術をもつサカエヤ(滋賀県草津市)が80カ月熟成させた鹿児島経産牛の熟成肉、ニラとサザエのパスタ、北海道の放牧牛乳などを使ったデザート3品と続いた。

スタッフと手作りしたレンガによる坪庭を背にする坂本健シェフ

実は、坂本シェフにはイタリアでの料理修業や現地のリストランテ勤務歴はない。「笹島シェフが輸入野菜に疑問をもったことから、賀茂ナスなど日本の食材を使って日本料理と融合させる役割がありました。笹島シェフが独立開店した『イル・ギオットーネ』の本店料理長時代には、日本の食材によるイタリア調味料をベースにしたイタリア料理の表現を任せていただいたのが大きかったと思います。日本料理の技法は『露庵 菊乃井』にしょっちゅう食べに行って、カウンターで料理長に話を聞いたり、菊乃井で修業された『てのしま』(東京・港)の林亮平さんと情報交換をしたりして学びました。『cenci』開店時には、縁があった生産者の思いを伝え、素材をしっかりと出していく、京都で育った自分がおいしいと思うものを、自分らしく出していくと決めたんです」と坂本シェフは明かした。

日本料理の技法をとり入れるだけでなく、陶器やガラス器やカトラリーも、地元の作家や骨董・アンティーク店の品を好んで使う。たとえば、グリーンアスパラガスとアオリイカの料理のティーペアリングは、地元の店で手に入れた骨董の銚子(ちょうし)と猪口(ちょこ)で出された。「僕もそうですが、京都では、地元農家の野菜を食べ、醸造酢を使い、甘酒を飲み、地元の伝統産業である陶芸家の器を使い、服飾作家さんの服や鞄(かばん)を使う。そのライフスタイルにはすでに循環があります。このレストランも循環のある場でありたいと思うのです」(坂本シェフ)

グリーンアスパラガスとアオリイカの料理に出されたティーペアリングは骨董の銚子(ちょうし)と猪口(ちょこ)で

時間をかけて作られた高い品質、作りすぎず捨てない物づくりへの姿勢と美意識。それらへの共感に支えられた、もちつもたれつの循環が、ちょうどよい大きさでなされる場。持続的な水産資源を守ろうとするシェフの団体、Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)(東京・渋谷)の京都支部の立ち上げにも坂本シェフは名乗りを上げ、すでに勉強会を始めている。ここは、右肩上がりの消費や拡大を目指すのではない、もともとサステナブルなライフスタイルが反映された京都イタリアンの店なのだ。

中村 浩子
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。

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