
メタボドミノの出発点は「腸の炎症」
年を重ねても心身ともに活力ある状態で過ごしたい。そのためには「自分の臓器の状態とそれに影響を与える食習慣をしっかり意識することが大事」と話すのは伊藤教授だ。伊藤教授は2003年に、肥満や内臓脂肪の蓄積によって、ドミノ倒しのように生活習慣病が進行していくことを「メタボリックドミノ」と名付けた。05年には「メタボリックシンドローム診断基準」が定められ、「メタボ腹」に対する関心が高まっていく。「当初は肥満の病態や、内臓脂肪がどのように蓄積しメタボの要因になるのかに的を絞り研究を行っていたが、その後、メタボや全身の老化の源流には腸の炎症が強く関わることが分かってきた」と伊藤教授は言う。(図)。

ここでいう炎症とは、細菌やウイルスのような体にとって異物であるものが侵入する、本来増えるべきではない内臓脂肪が増加する、といった健康を脅かす状態から体を守るために、免疫系が働く際に起こる反応のこと。打撲や傷などによる急性炎症と区別して慢性炎症(静かな炎症)と呼ばれる。
体の恒常性を維持するための調整機能といえるが、こうした炎症が長く続くと体にダメージが蓄積し、防御力も低下していく。「特に高脂肪食が入ってくると腸管は異物と強く認識するようだ。動物実験による検証では、高脂肪食を継続して取ると、短期間のうちに腸管に炎症が起こることを確認した」(伊藤教授)。
腸管は「食べたものを消化吸収する」とともに「異物を見分けて排除する」という免疫能を担うが、この仕事を滞りなく行うには腸管が丈夫で体内への異物の侵入を防ぐ「バリア機能」がきちんと働くことが不可欠だ。
しかし、高脂肪食を取り続けると、これを異物と判断した免疫細胞が攻撃して炎症を起こす一方、腸内細菌叢(そう)も変化してLPS(リポポリサッカライド)といった毒素を作る腸内細菌が増える。これらの毒素がさらに炎症を広げ、腸は慢性的な炎症状態に陥っていく。すると次第にバリア機能が低下していき、腸で発生した炎症物質が体内に侵入し始める。そして、血流に乗り脂肪組織(特に腸の近くにある内臓脂肪)や筋肉にまで到達してしまうのだ。
これらの代謝維持に重要な役割を果たす組織で炎症が起きると、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」という現象を招く。
しかし、「腸で炎症が起こらないよう遺伝子操作したマウスに高脂肪食を食べさせると、腸管の炎症が抑えられるだけでなく脂肪組織での炎症も抑えられ、高脂肪食負荷による血糖値の上昇が30%程度抑えられた[図表]」(伊藤教授)。つまり、腸の炎症を食い止められれば、血糖値の急激な上昇も、インスリン抵抗性も起こらないことが分かったのだという。