日経Gooday

アルコールは「脳の関門」を簡単に突破できる

先生、脳とアルコールの相性が良い、とはどういうことでしょうか?

「脳には血液脳関門(ブラッド・ブレイン・バリア=BBB)と呼ばれる“脳の門番”があり、脳にとって有害な物質をブロックしています。そのため、分子量500以下の低分子の物質や、脂溶性の物質に限って血液脳関門を通過することができます。アルコールは、この2つの条件を満たしている(エタノールの分子量は46.07)ので、やすやすと脳に到達できるのです」(柿木氏)

血液脳関門については、この連載でも以前、柿木氏から教わった(参考記事「どうして酔っ払いは同じ話を繰り返すのか」)。血液脳関門の本体である脳の毛細血管は、内皮細胞が密着して結合していることなどから、血液から脳の組織へ物質の移動を制限する機能を担っている。

「アルコールは胃と腸で吸収された後、血液を介してあっという間に脳に届きます。そして、いとも簡単に血液脳関門を通り抜けてしまうのです。この事実を知ると、酒好きの方は、脳はアルコールを歓迎しているのではないかと思ってしまいますよね。神様のギフトか、悪魔のギフトなのか分かりませんが(笑)」(柿木氏)

確かに、酒好きには脳がアルコールを歓迎しているとしか考えられない。酒は脳にとって「神様のギフト」だと言ってしまいたくなる。

「血液脳関門は、非常に強力なバリアです。アルコールが脳にとって有害なものであるのなら、進化の過程でアルコールが血液脳関門を通れなくなってもおかしくないですよね。脳は体にとって最も大切な臓器のひとつであり、全身の調節を24時間行っているところ。そんな脳がアルコールを受け入れているということは、アルコールは脳にとって毒ではないのでは、と考察できるのです」(柿木氏)

「いいぞ、いいぞ」という声が酒飲みから聞こえてきそうである。

酔うと自制心がなくなるのは、前頭葉に影響が出るから

それでは、アルコールが脳に到達すると、脳にはどのような影響があるのだろうか。

「アルコールによる影響が出やすいのは、脳の中でも前頭葉、小脳、海馬の3つ。このうち、最初に影響を受けるのは前頭葉です。前頭葉は理性をつかさどっている部位で、お酒が進むと、日ごろ理性でこり固まった前頭葉が解放されていくわけです。もし脳自体がアルコールを欲しているのであれば、脳は実は前頭葉を解放したいのではないか、なんて思ってしまいますね」(柿木氏)

アルコールの影響を受けやすい「前頭葉」「小脳」「海馬」

原図=PIXTA

最初にアルコールの影響を受けるのが前頭葉と聞くと、つい飲み過ぎてしまうのも合点がいく。「これ以上飲んだらよくない」という自制心がなくなり、酒を大量に飲んでしまうのである。

「前頭葉に続いて、記憶を司る海馬、運動機能を司る小脳の順番にアルコールの影響を受けます。飲み過ぎて記憶がなくなると不安になりますが、記憶がなくなるのは海馬が一時的にお休みしているだけです。つまりアルコールによる記憶喪失は一時的で、時間がたてば元に戻ります。筋肉痛みたいなものなのです」(柿木氏)

働き者の脳だって、たまには休みたい。思い切り解放され、リラックスもしたいだろう。脳はそんな理由からアルコールを欲しているのではないか、と勝手に思った。

「アルコールを飲むと、快楽を司る脳内ホルモンである『ドーパミン』が多量に分泌され、リラックスしたときに出る脳波の『アルファ波』が多く出ます。だから、適度に酔っぱらうと気持ちがいいし、疲れも取れる。これは脳にとっても心地よい状態なのかもしれません」(柿木氏)

脳がアルコールを欲しているというのは本当かもしれない、と思えてきた。柿木氏は、「人間は進化の過程でアルコールの分解能力まで備えたのですから、アルコールは人間、とりわけ脳にとって、好ましいものなのではないか、とひとりの酒好きとしては思いますね」と話す。

赤ちょうちんを見ると酒が飲みたくなるのも、天気がいいとビールが恋しくなるのも、全て意味があるように思えてきた。

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もちろん、飲み過ぎれば深刻な影響が全身に…