日経クロストレンド

受け入れ企業のメリットは?

Cygamesのセカンドキャリア支援プログラムに賛同し、今回森谷氏の就職先となったSekappyの取締役COO、志村一郎氏にも、同プログラムを利用した理由や経緯を聞いた。

前提として述べておくのは、企業として、このプログラム専用の受け入れ枠があるわけではないということ。企業は一般に、就職/転職サイト、自社の公募サイト、エージェントなどを活用し、日々採用活動を行っている。セカンドキャリア支援プログラムに参画する企業にとって、同プログラムはそこに新たに加わるルートの1つ。他の応募者なら、学生時代の活動や前職の業務などで培った能力や経験が評価の対象となるように、同プログラムに応募する元プロ選手たちはプロとして培ったそれらが評価される。

その上で、志村氏がSurre選手を評価した点として挙げたのが「長年プロとしてeスポーツの第一線で活躍してきた選手だからこそ持つ、論理性や集中力」だ。

Sekappyの志村一郎取締役COO(写真/岡安学)

Sekappyは、もともと社員全員がカードゲーマーという特殊な環境のIT企業だ。企業文化や風土自体、ゲームと親和性が高い。ゲーム関連のシステム開発やコンサル事業、eスポーツイベントなども手掛けており、この分野の知見をSurre選手に求めている部分はもちろんある。だが、それだけではないとも言う。

「『Shadowverse』のプロシーンを見てきて、プロ選手の知見は企業にとって十分役立つものだという結論に達しました。プロとしての実績に裏付けられた論理性や集中力は魅力的です。加えて、Surre選手はチームリーダーも務めており、プロ選手としての真摯な活動も見ています。彼であれば、これまでと違う環境でも頑張ってくれるのではないかという印象を持ちました」

Sekappyは社員全員がカードゲーマーということもあり、Surre選手と一緒にプレーできることに喜びを感じ、社員に歓迎されているという。「そういう意味でも社内の刺激になりました」と志村氏。社員としての戦力とプロゲーマーとしての実績や存在感が同居している点は、このセカンドキャリア支援プログラムならではの事象といえるだろう。

Surre選手はプロリーグではチームリーダーとしても活躍し、『Shadowverse』の数々の大会でも成績を残したトッププロだが、今後セカンドキャリア支援プログラムを利用する人に「そういった輝かしい実績が必ずしも必要なわけではない」と志村氏は話す。プロでの活動経験は、成績のみではなく、その過程で人間性や社交性、社会人として必要な要素を培い、持ち合わせているかをしっかりと見る。さらに、その適性によって、部署の配置も考えるという。

「Sekappyでは、エンジニア職とビジネス職の2つの職種で人員を募集しています。今回、Surre選手が採用されたのはビジネス職。本人の特性とやりたいことを考慮し、マーケティング部で広報活動やイベントの運営などを担当してもらう予定です」(志村氏)

プロゲーマーとしての実績や認知があるSurre選手が、企業の顔でもある広報になるのは、確かに適所といえそうだ。Surre選手には、SNS(交流サイト)や動画配信プラットフォームのフォロワーの数も多い。情報発信や動画配信のノウハウも持つ。その知名度も今後生かしていくのだろうか。

これに対し、志村氏は「そういう考え方もあるでしょう。ただ、Surre選手の知名度や発信力のみに期待するのであれば、社員として採用しなくても、スポンサーになるなどやりようがあります。Surre選手を採用したのは、Sekappyの社員として(情報発信に限らず)さまざまな面で活躍できることを期待しているからです」。

今後、こうしたケースが増える可能性は十分にある。eスポーツが社会に浸透しつつある現在、多くの企業がeスポーツに関心を持ち始めている。eスポーツ事業を立ち上げたり、スポンサーとして支援したりする企業が増える半面、eスポーツのことがわからず、道半ばで頓挫することも多い。そこにeスポーツの知見があり、現場の経験を積んだ元eスポーツ選手が入社することで、eスポーツ事業に参入しやすくなると考える企業もあるだろう。

セカンドキャリア支援プログラムは、その手始めとしてeスポーツ選手と企業をマッチングするのに有用なシステムとなり得る。Cygamesとしては、同プログラムの対象は「RAGE Shadowverse Pro League」の選手のみで、プログラム自体を新たな事業として展開する予定はないというが、モデルケースとして業界に浸透していけば、他のタイトルのeスポーツにも同様の動きが波及する可能性はあるだろう。eスポーツのセカンドキャリア問題解決への第一歩となるかもしれない。

(文 岡安学、編集 平野亜矢)

[日経クロストレンド 2022年5月30日の記事を再構成]

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