被災した人が柔らかいパンを食べ、安堵する様子はテレビなどで報道された。そのたびに大きな反響があり、やがて多くの企業や自治体、学校などから大口の注文が舞いこむようになった。

そんなある日のこと。ある自治体から「パンの缶詰の賞味期限が近づいているので新しいものに買い替えたい。その際、古いものを引き取って処分してくれないか」という電話が入った。税金で購入していた備蓄品のため、自治体の職員が勝手に食べて、処分するわけにはいかないというのだ。

備蓄品として購入されたパンの缶詰が、その後どうなっているのか。気になって調べてみると、賞味期限ぎりぎりのものは、8〜9割がそのまま廃棄されていた。 困った人を助けるはずの缶詰がゴミとして捨てられている現実に、秋元社長らは胸を痛めた。その解決のヒントは、被災地への支援活動にあった。たとえ賞味期限が近くても、必要とされるところでは喜んで食べてもらえる。

ただ、これまでのように無償で届けていては経営が成り立たない。実際に、東日本大震災時には会社の資金繰りが悪化し、秋元社長は倒産も覚悟したという。短期的なボランティアではなく、継続して続けられる仕組みを作らないと。思案の末に考え出したのが「救缶鳥プロジェクト」だった。

ウクライナ支援のために集まったパンの缶詰を手にする秋元専務

「救缶鳥プロジェクト」はウクライナ支援にも貢献

救缶鳥プロジェクトの仕組みはこうだ。まず企業や団体などが、災害備蓄用にパンの缶詰をまとめて購入する。3年ある賞味期間のうち、残りが半年から1年になったらパン・アキモトが回収。それを被災地や飢餓に苦しむ国・地域に届ける。この取り組みは09年に始まり、参加する企業や団体が次第に増えていった。17年には環境省が主催する「第5回グッドライフアワード」で環境大臣賞最優秀賞を受賞している。

昨年まではアフリカやアジアの貧困国などを対象にしてきたが、今はウクライナ支援を最優先にしている。ウクライナからの避難民を多く受け入れているポーランドに航空便で送り、現地の「日本国際飢餓対策機構」のスタッフを通して配布されている。

ウクライナ支援で難関だったのは、1ケース当たり約1万円かかる輸送費。そこでホームページ等で寄付を募ったところ、最初の目標だった輸送費300万円(300ケース分)はたった10日で集まった。現在も募金活動は継続中で、次の目標額は1000万円だという。誰も無理せず、少しずつ力を合わせる継続的な支援がここでも実現した形だ。

ちなみに、パン・アキモトでは食パンや総菜パンなども製造している。その売上比率は約35%で、残りの売り上げはパンの缶詰という。取締役専務の秋元信彦氏は「今ではパン屋というより缶詰屋です」と笑っていた。

(缶詰博士 黒川勇人)

黒川勇人
1966年福島市生まれ。東洋大学文学部卒。卒業後は証券会社、出版社などを経験。2004年、幼い頃から好きだった缶詰の魅力を〈缶詰ブログ〉で発信開始。以来、缶詰界の第一人者として日本はもちろん世界50カ国の缶詰もリサーチ。公益社団法人・日本缶詰びん詰レトルト食品協会公認。

「食の達人コラム」の記事一覧はこちら