日経ナショナル ジオグラフィック社

アライグマにとってもうひとつの恩恵は温暖化だ。気候変動によって世界中で気温が上昇するに従って、アライグマはこの先、米国やカナダ、また彼らが外来種として住み着いている日本やドイツといった国々でも、さらに北部の地方へと広がることが予想されている。

アライグマはまた、敏感な5本指の前脚を持ち、滑りやすい水中の獲物などをつかんでその感触を確かめることができる。「おそらくはそのせいで、カナダのトロント、バンクーバー、米シカゴなど、川の周辺に作られた温暖な都市で特に多く見られるのだ」とマクドナルド氏は言う。その柔軟な前脚はまた、車の後部座席に乗り込んだり、高層ビルに登ったりと、人間の環境を利用する際にも有利に働く。

米ノースカロライナ州ローリーのアムステッド公園にカメラトラップを設置する、英ハル大学の比較心理学者ブレイク・モートン氏。氏は、都市部のアライグマの問題解決能力を測定するための実験を行っている(PHOTOGRAPH BY COREY ARNOLD)

2017年9月29日付の学術誌「Animal Cognition」に発表された研究で、当時ベンソン=アムラム氏の研究室の博士課程に在籍していたローレン・スタントン氏は、飼育下にあるアライグマを対象に、知能を測る古典的な手法である「イソップ寓話(ぐうわ)テスト」を行った。この実験では、アライグマは水を入れたシリンダーに石を落として水面を上げ、そこに浮いているおやつ(この場合はマシュマロ)を上方へ移動させなければならない。

アライグマのうち2匹が正確に石を落としただけでなく、3匹目の個体は戦略をがらりと変え、シリンダーを倒してマシュマロを手に入れるという独自の解決策を編み出した。これは、アライグマが持つ既成概念にとらわれない発想力の一例と言える。

「都会の戦士」の誕生

アライグマがもともと都市での生活に向いているというのは科学者の一致した意見だが、より複雑な問題としては、都会のアライグマは果たして、世代を経ることで田舎のアライグマよりも賢く進化しているのかというものがある。たとえば、マクドナルド氏の調査では、バンクーバーの繁華街にいるアライグマは、伸縮性のあるロープで蓋が固定してあるゴミ容器を開けることができるが、農村部にいる個体にはできないことが示されている。

「彼らは進化しており、また、都市環境が彼らの自然な特性に合ってもいるのだと、わたしは考えています」とマクドナルド氏は言う。「もともと適応力のある動物が、さらに進化して都会の戦士になるというわけです」

ベンソン=アムラム氏は、今はまだ、アライグマが都市生活における自然選択を通じて進化しているのかどうか判断するのは時期尚早と考えている。しかし、アライグマ対策用のゴミ容器を設計するといった、彼らを阻止しようとする人間の試みが、「実際により賢い個体を作り出している可能性は大いにあります」と言う。

たとえば、マクドナルド氏は最近、トロント市に対し、アライグマ対策用の新しいゴミ容器を提案した。この容器には、ほかの指と向かい合わせに配置された親指がないと開けられないレバーが付いているが、アライグマの手はそうした構造になっていない。「彼らを知恵で負かすことはできません」とマクドナルド氏は言う。「人間の手でなければできないことをする必要があるのです」

ただし、都市部のアライグマが常に田舎のアライグマよりも賢いとは限らない。英ハル大学の比較心理学者ブレイク・モートン氏は、ノースカロライナ州ローリー周辺の都市部および農村部において、哺乳類の革新性を調べるいくつかの実験を行っている。

あるテストでは、ペットフードを入れたコップを木から糸でつり下げた。一部のコップは、枝に乗ったアライグマが簡単に引き上げることができるが、中には糸がつるつるとしていてつかみにくいものもある。カメラトラップ(自動撮影装置)を使い、モートン氏はアライグマがこの難問にどう取り組むかを観察する。

モートン氏の実験のひとつは、ペットフードを入れたコップを木から糸でつり下げるというものだ。一部のコップは枝に乗ったアライグマが簡単に引き上げることができるが、中には糸がつるつるとしていてつかみにくいものもある(PHOTOGRAPH BY COREY ARNOLD)

「ここから見えてくるのは、アライグマは非常に積極的に新しいことを試し、また問題解決能力に優れているということです。ただし限界はあります」とモートン氏は言う。例えば、難しいパズルにチャンレンジしているとき、アライグマは30秒ほどで諦めてその場を離れてしまうという。

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アライグマとの共生