デパ地下のつまみ食いのように学ぶ

「経済学者」「教育学者」「データ科学者」「起業家」「執筆家」「テレビ・新聞のコメンテーター」「ユーチューブ番組MC」――。実にさまざまな顔を持つ成田氏だが、その片りんはすでに東大時代から見てとれる。経済学の領域に留まらず、「デパ地下のつまみ食いのように」数学や物理、生物、法学にまで触手を伸ばした。さらには「比較制度分析」の功績でノーベル経済学賞の有力候補者にもなった故青木昌彦・スタンフォード大学名誉教授が主宰する「仮想制度研究所VCASI」の企画運営にも携わり、人文社会科学・認知行動科学・情報科学の各分野で最先端の研究をする学者らと議論を交わした。
人が感じる「罪悪感」の数学的モデル化と実験的検証を行った卒論は、東大経済学部の最優秀卒業論文に数年に一度授与される「大内兵衛賞」を受賞。同大大学院を経て米国へと旅立つ。渡米を決めたのは、「生まれてこのかた東京を出たことがなく、日本語で日本人とばかり話していることに飽きた」のと、東大をはじめとする日本の大学は「研究者をアスリートのように育成する機能が弱い」と感じたからだ。
「東大の良い点は、研究者、学生ともに日本中の才能が一極集中していること。そこがアメリカのようにトップ大学が10、20ある国とは異なる点で、世界的に見ても特に学部生の質は高いです。ただし、研究者を戦略的に育てる機能は弱い。研究者として伸びるかどうかは本人の資質に丸投げされていて、才能ある個人がたまたま才能ある師と出会えればラッキーという状況。システマチックに育成する仕組みにはなっていません」
「僕の場合、日本にいると興味の範囲が広すぎるがゆえにデパ地下でのつまみ食いを続けて、趣味人的になっていきそうだったので、一度リセットして研究に集中したかったのもありました。アスリートは毎日の食事も科学的にコントロールし体をデザインしていきますが、アメリカのトップ大学における研究者育成は同じような発想で行われています。個人の資質や興味の範囲にとどまっていたのでは出合わないようなタイプの新しい問題や技術にチャレンジさせ、強制的にスキルを身につけさせる。そういう環境に身を置きたいと思ったのです」
社会科学と情報科学を行ったり来たりできるMIT
MITを選んだ理由は2つ。成田氏は社会や経済を、計算機やソフトウエアと同じように『設計する対象』とみなしてデザインするのが専門だが、MITはそのベースとなっている経済学とコンピューターサイエンスの両分野で世界一のレベルを誇る。教員も社会科学と情報科学とを行ったり来たりしており、成田氏と同じ経済学のPh.Dの学生でも、コンピューターサイエンスのPh.Dを持っているという人が少なくなかった。
「2つ目の理由は、他の名門大と違ってお高くとまった雰囲気がなかったからです。建物も同じボストンにあるハーバード大のようにれんが造りの厳かなものではなく、MITはコンクリートの雑居ビルの集合体。学生もよれよれのTシャツを着て一人でポテチを食べているような印象があって、そこにもひかれました」