日経ナショナル ジオグラフィック社

オアフ島の「レインボー・クラックシード」へ

オアフ島ののどかな町カネオヘにある店「レインボー・クラックシード」を訪れると、まず気づくのは出来たてポップコーンの香りだろう。かき氷には、グアバやパッションフルーツなど25種類以上のシロップが用意されている。

ぎっしりと並ぶ袋入りの菓子は、白く甘いリーヒンムイや、パイナップル味のサワーベルト(薄くて長いベルト状のグミ)、乾燥レモンピール、コーラのボトルの形で酸っぱいリーヒンパウダーがまぶされたグミなどだ。店の奥には、梅やマンゴー、サクランボなどを漬けた大きな瓶が並ぶ。

レインボー・クラックシードは、3世代50年にわたるハー家の歴史を語っている。物語の始まりは1970年代初頭に韓国ソウルから移住してきたセリーナ・ハーさんだ。今は店から通りを隔てた墓地に眠っている。

ハー家は1970年代からこのホノルル郡カネオヘの町で商売をしている(PHOTOGRAPH BY REINHARD DIRSCHERL, MAURITIUS IMAGES GMBH / ALAMY STOCK PHOTO)

現在の店主である65歳のクリスティ・ハーさんは、店がにぎわった「アロハフライデー」に思いをはせる。地元の人びとがアロハシャツを着て1週間の仕事の終わりを祝うもので、82年にはキモ・カホアノが「金曜日だ。月曜日まで仕事はなし」と歌う「アロハフライデー」の曲がどのラジオ局でもかかっていた。家族は週末を海辺で過ごすときに食べるため、クラックシードのお菓子を買い込んだ。

2020年春に新型コロナウイルス感染症によるパンデミックのために州全域で店を閉めなければならなくなったとき、ハー家はレインボー・クラックシードを二度と開けられないのではないかと心配した。20年の秋に、ハワイ州の休業率は米国で最も高い水準に達し、その1カ月後には州内の全地元企業の25%が廃業した。

パンデミックの間にハワイ各島の観光事業は停滞したが、レインボー・クラックシードの顧客の多くは地元住民だ。普段の生活を渇望し、過去を懐かしむ家族にとって、この店で売られるお菓子はささやかな楽しみとなった。

「とりわけ多くの人が困惑し、憂鬱になったときには、地元の人が大好きなお菓子で幸せと喜びの味を提供することが私たちの務めだと感じました」とクリスティさんの姪(めい)のジュリー・ハーさんは語る。ハー家は20年の夏に店を再開し、その後は新型コロナウイルス感染者数の変動に応じて規制が変更される中でも営業を続けている。

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