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貴重なテイクを4曲入りEPで収録

【スーパー・デラックス】のCDディスク5と【LPスーパー・デラックス】の5枚目にあたるEP盤には居場所を失った4曲が収録されている。これもアルバム『レット・イット・ビー』の複雑な製作過程と無縁ではない。

1969年5月にアルバム『ゲット・バック』(1969年グリン・ジョンズ・ミックス)の発売を棚上げしたビートルズは、ジョージ・マーティンをプロデューサーに迎え、次のアルバム『アビイ・ロード』を製作する。こちらは順調に進み、一足先に1969年9月に発売され、英米で1位を記録する大ヒットを記録する。

その後、ジョン、ジョージ、リンゴの後押しで、悪名高いアラン・クラインがマネージャーに就任。テレビ番組用に撮影していた映像を映画として発表することを決定。1969年晩秋に完成した映画『レット・イット・ビー』には、アルバム『ゲット・バック』(1969年グリン・ジョンズ・ミックス)未収録の「アクロス・ザ・ユニバース」と「アイ・ミー・マイン」のシーンが含まれていた。そこでこの2曲をアルバムに加えるべく、1970年1月上旬にジョンを除く3人が追加レコーディング。最終的に「テディ・ボーイ」などを外した改訂版の『ゲット・バック』(1970年グリン・ジョンズ・ミックス)が完成する。だが、この1970年版『ゲット・バック』もメンバーの合意が得られずお蔵入りしてしまうのだ。

こうしたなか、ジョージ・マーティンのプロデュースで1970年3月9日に2枚目の先行シングル「レット・イット・ビー/ユー・ノウ・マイ・ネーム」が発売。続いて同年3月にジョン、ジョージ、リンゴがフィル・スペクターをプロデューサーに起用して、グリン・ジョンズの1970年版『ゲット・バック』を元に、オーケストラやコーラスをオーバーダビングし、アルバム『レット・イット・ビー』を完成させることになる。

CDディスク5(LP5枚目のEP盤)に収録されたうちの2曲は、1970年版『ゲット・バック』のみに収録されていた「アクロス・ザ・ユニバース」と「アイ・ミー・マイン」だ。ここではスペクターがオーバーダビングする前のビートルズの演奏を楽しむことができる。そして残りの2曲は、ジョージ・マーティンが関与して1969年と1970年に先行発売されたシングルから「ドント・レット・ミー・ダウン」と「レット・イット・ビー」。いずれもアルバム『レット・イット・ビー』収録とは異なるシングルバージョンを「ニュー・ミックス」で楽しむことができる。

ちなみに今回発売された『レット・イット・ビー』スペシャル・エディションの【2CDデラックス】のディスク2には、先に解説したCD2とCD3からのハイライト13曲とここで触れたCD5からの「アクロス・ザ・ユニバース」が収録されている。

また、【スーパー・デラックス(5CD+1Blu-ray)】のブルーレイには、オーディオマニア必携の『レット・イット・ビー』ニュー・ステレオ・ミックスのハイレゾ(96kHz/24bit)、5.1サラウンドDTS、ドルビー・アトモス・ミックスのオーディオが収録されている。

来年はビートルズ・デビュー60周年

こうして『レット・イット・ビー』スーパー・エディションを、その製作過程に遡りながら味わっていくと、そこには解散直前のビートルズをめぐる様々な出来事、メンバーの思いやそれに翻弄される製作スタッフの混乱の様子までもが閉じ込められていることが見えてくる。

全体を通して聴いて感じることは、ポールが目指したライブバンドとしての原点回帰の思いは、メンバー個々の思いを打ち砕くほどに巨大ビジネスに成長した「ビートルズ」によって阻まれてしまったのかもしれないということだ。4人があるがままでいられるビートルズはすでに操縦不能で、巨大なビジネスマシーンと化したビートルズをこれ以上汚さないためには、解散するしか道は残されていなかったのではないか。なんとなく、そんな思いが頭をよぎったのだ。

『サージェント・ペパーズ』から始まった50周年記念盤も、なんとかパンデミックの隙間を縫って、最後のアルバム『レット・イット・ビー』まで辿りつくことができた。だが、来年2022年10月にはビートルズ・デビュー60周年がやって来てしまう。ビートルズ探究の旅は再び原点に戻り、どんな新しいプロジェクトが始まるのだろう。時の流れに目まいを覚えながらも、期待して待つことにしたい。

広田寛治
1952年愛媛県松山市生まれ長崎県長崎市育ち。山梨県立大学講師などを経て、作家・現代史研究家。日本文芸家協会会員。『大人のロック!』(日経BP/ビートルズ関連)、文藝 別冊(河出書房新社/ロック関連)、ムック版『MUSIC LIFE』(シンコーミュージック/ビートルズ関連)などの執筆・編集・監修などを担当。主な著書に『ロック・クロニクル/現代史のなかのロックンロール(増補改訂版)』(河出書房新社)などがある。