日経クロストレンド

普通の時計ではZ世代に響かない

G-SHOCKシリーズは、プレミアムとユースという2軸の戦略を立てている。プレミアムは、1990年代のG-SHOCKブームを経験した40代や、社会人になってもG-SHOCKを身に着けているようなファン層を想定しており、数万円から10万円を超える製品が中心。ユースはG-SHOCKブームを知らない若年層が対象で、1万円台から購入できる製品が中心だ。IRIDESCENT COLORシリーズはユース向けという位置づけになる。

シリーズを企画したのは、カシオ計算機 技術本部 企画開発統轄部 企画部 第一企画室の井ノ本脩氏。19年入社の若手だ。デザインを担当したのは、同技術本部 デザイン開発統轄部 第一デザイン部 BGデザイン室の加賀ゆめ菜氏。14年入社で、これまでBABY-GやG-SHOCKのデザインを手掛けてきた。

井ノ本氏は企画のきっかけを、「自分も含めてZ世代と呼ばれる周囲の人たちを見ると、腕時計をする人が減っている。普通の時計で色違いなどのバリエーションを展開しても、この世代には響かない。タフさといったG-SHOCKの機能性は担保したまま、ファッション要素を加えることで、Z世代に“響く”製品を作りたかった」と語る。

カシオ計算機 技術本部 企画開発統轄部 企画部 第一企画室の井ノ本脩氏

定番や人気モデルをベースにして価格を抑えたのも、G-SHOCKシリーズのエントリーモデルとして、若年層が手に取りやすくするため。このシリーズから腕時計を身に着けるようになってもらい、将来的にはG-SHOCKの他のモデルにも手を伸ばしてもらえればという考えだ。

若者の人気を獲得するため、カシオ計算機でも変化が起きている。これまでは設計などさまざまな部署を経たベテランが企画に携わることが多かったが、最近は新卒したばかりの従業員を含め、ターゲットに近い年代の若手を企画部署に置くようになった。「まだ経験の浅い若手の声をポジティブに捉える態勢ができているので、発言しやすい」(井ノ本氏)という。

既存の技術でインパクトを生み出す

異例のデザインが採用されて製品化されたのも、企画に若手が増えたからだ。G-SHOCKの開発現場では、定期的に社内のデザイナーから営業や開発部署に向けてデザインの提案がある。それらがそのまま採用されるケースは少ないが、加賀氏は「このデザインは、ターゲットに世代が近い企画や営業の若手から支持があって、製品化につながった」と語る。

蒸着は、G-SHOCKシリーズでもガラスの一部分に光が反射するミラー表現を行うためによく用いられていて、特に新しい技術ではない。その手法を使って、ガラス全面に、光が透過するグラデーションを施したところがデザインの特徴だ。これはグラデーションのサンプルを見ていて思いついたという。

蒸着は、このモデルならガラス板の縁部分など、一部にミラー表現を行うときによく用いられている

加賀氏は「蒸着は光を透過させるので、裏面を黒のベタ印刷で覆うことでミラーのように表現するのが普通。このとき、裏が白だと透過した色がきれいに見えることに気が付いた。この面白さを生かして、新しいカラーテーマにできないかと考えた」と語る。ガラスの下の文字板は白だが、パールを加えて明るくするなどしてグラデーションがより引き立つようにした。盤面に目が行きやすいように、樹脂バンドもシンプルなデザインにしている。

蒸着という、これまでにも使われてきた技術を新しい視点で使うことで、大きなインパクトを与えられた。「見方を変えたり、新しい組み合わせを試したりすることで、意外な発見がどんどん生まれてくる。このシリーズは最新技術を使っているわけではなく、このようなちょっとした気づきや発見から生まれたデザインだと思っている」と加賀氏。カシオ計算機は技術の会社であり、それをいかにピックアップしてトレンドと組み合わせるかを心がけているという。

カシオ計算機 技術本部 デザイン開発統轄部 第一デザイン部 BGデザイン室の加賀ゆめ菜氏

グラデーションに使っている色は、太陽光が海に反射したときの様子を表現したもの。夏に向けて発売するモデルだったので、ビーチで身に着ける偏光サングラスのような、夏を盛り上げるアイテムの1つとしてデザインしたという。

製品化されたものよりグラデーションのカラーが濃く、文字板がほとんど見えないようなものも、試作段階では作ってみた。これを製品版ではやや薄くした。デザインのインパクトと、時計としての実用性のバランスの取り方が、このシリーズの妙味だ。

グラデーションのサンプル。実際の製品より濃いものも薄いものも作り、社内の若手の意見を集めて検討した

加賀氏はその過程をこう説明する。「最初は、このグラデーションをきれいに見せたいと、色を濃くした。それが社内の若手にすごく響いていたので、色のインパクトと視認性とのバランスを追求していった。色を薄くすると文字板は確実に見えるが、G-SHOCKの世界観との親和性が薄くなってしまうと思った。多色でインパクトがあり、なおかつ見やすい文字板にできれば、G-SHOCKらしいカラーテーマとして生きてくる」

製品版では試作段階よりグラデーションの色を薄くしたとはいえ、見る角度によっては文字板が見えにくくなるぐらい濃い。そこがこのシリーズの面白さだが、社内で最終的な承認を得るまで時間がかかった。さまざまな部署の若手に声をかけ、サンプルを見てもらって視認性を確かめ、上層部に「狙っているターゲット層は、これを“見える”と判断していますと訴えた」(井ノ本氏)ことが決め手になった。

製品化に至るまで、これまでのモデルの2倍ぐらいの期間がかかったという。22年6月に発売し、7月末の時点で想定の1.5倍を売り上げるなど、IRIDESCENT COLORシリーズの出足は好調だ。G-SHOCKの新たな定番となるか。

(ライター 湯浅英夫、写真提供 カシオ計算機、写真 湯浅英夫)

[日経クロストレンド 2022年9月12日の記事を再構成]

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