――リーダーシップは若い頃から持っていたのですか。

「ブラザーに入社したのは、地元企業だったということもありますが、先頭に立って活躍できそうだったからです。大組織の底辺にいるよりも小組織のトップをめざす『鶏口牛後』を意識し、いつかは社長になりたいと粋がっていましたね。大量に採用する金融や商社ではそれは難しくなります。入社当時のブラザーの売上高は1300億円ほどと現在の5分の1でした。同期も十数人しかおらず、チャンスがあると思いました」

運つかむ努力、米国で学ぶ

「入社3年目に、プリンターの需要増が見込める米国で販路を開拓することになり、手を挙げました。成功する保証はなかったのですが、若いうちに経験を積みたいと考えました。1981年秋に渡米し、ひとりで小さなオフィス兼住居を作りました。パソコンを扱う小売店につたない英語でプリンターを無我夢中で売り込みました。約23年間に及ぶ赴任期間で、米国法人の売上高は25倍に伸びました」

入社3年目で米国に赴任した(1981年ごろ)

――「ビジネスは運」が信条だそうですが、その真意は何でしょうか。

「数少ない好機をものにできるかどうかはその後の人生を左右します。米国での成功の背景は、80年代のパソコン普及期に製品のコストパフォーマンスの高さが評価されたからです。社内で挑戦する機会にも恵まれました。ただ忘れてはならないのは、運をつかむ努力が重要だということです。私はあらゆる可能性を常に考えています。渡米も、もし当時が08年の米リーマン・ショックの直後なら挑戦しなかったかもしれません」

――情報を収集し、可能性を考えることは、将来のリスク回避にもつながります。

「リーマン・ショックの際、同業では大規模な減産が相次ぎましたが、ブラザーは減産しませんでした。当社のプリンターは一般消費者の需要が強く、販売の底堅さがデータで示されていたからです」

「00年以降、IT(情報技術)バブル崩壊や金融危機、現在の新型コロナウイルス禍などの困難がありました。ブラザー本体はこの間、赤字や人員削減をしたことは一度もありません。普段から大きな泥沼にはまるリスクを抑えてきたことが奏功しました」

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