フランスから栃木へ来たブドウ 黄金色のワインに変身
ワインの原料になるブドウの品種をどれだけご存じだろうか。世界的に見れば、最高峰の白ワインといわれるフランスの「ル・モンラッシェ」を生み出す「シャルドネ」や、高価すぎて一生飲めぬと思うしかない赤ワイン「ロマネ・コンティ」の「ピノ・ノワール」が知られる。
仏ボルドー地方の力強くもエレガントな銘酒「シャトー・マルゴー」は「カベルネ・ソーヴィニヨン」を主体に造られる。ドイツのモーゼル地方では「リースリング」が爽やかな素晴らしい白ワインになる。
それでは「プティ・マンサン」はどうだろう。ワイン好きの方でも、あまり聞いたことがない品種かもしれない。
黄金色に輝くプティ・マンサンのワインが入ったグラスを手に持ち、この品種が栃木県足利市に根付き、日本の風土を反映するワインになった歳月に思いをはせてみる。フランス南西部のピレネー山脈の麓で栽培されるこの品種は海を越え、同市で2006年に根を下ろした。
知的障害者支援施設「こころみ学園」の園生たちが草刈りや、つるを切る作業をして丹念に育て、ココ・ファーム・ワイナリー(足利市)がワインを造った。19年産のプティ・マンサンのワインは生命力に満ち、トロピカルな香りとキリリとした酸が印象的。ほのかな樽(たる)香もある。異国の地でも花開いたと首肯した。
栃木県を代表するワイナリーであるココ・ファームは1984年にワイン造りを開始。園生たちが育てたり契約栽培農家から購入したりした様々なブドウを原料に使う。
ココ・ファームでは猛暑などの気候変動に負けないブドウを探すため、世界各地のワイン産地を訪問。池上知恵子専務らが仏南西部のジュランソン地方で出会ったのがこのプティ・マンサンだ。
「ブドウ畑にはタンポポや野蒜(のびる)があり、足利の畑と同じだった。日本の田舎と同じにおいがした」と池上専務は振り返る。「プティ・マンサンを日本に持ってきたら絶対、無理なく育つだろうと思った」
日本で植物検疫を受け、足利で栽培がスタートしたプティ・マンサンがココ・ファームでワインになったのは10年ほど前。今では木はワイナリー横の畑などのほか、同市の隣の佐野市でも育っている。足利の19年産ブドウでは約3500本のワインができた。雹(ひょう)の被害を受けることもあり、生産本数は年によって違う。
「プティ・マンサンを植えたのは大成功ではなかったでしょうか」と池上専務に聞いた。専務は自然を侮ることはできないという意味合いの話をした上で「とりあえず、思春期は乗り越えた」と人間になぞらえた。
ワインの味はブドウの樹齢によって変わるという。では10年後、20年後にプティ・マンサンはどんなワインになるのだろうか。そんな想像を巡らすことができるのもワインの楽しみの一つである。
(宇都宮支局長 伊藤健史)
[日本経済新聞電子版 2021年12月16日付]
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