漁師町に寄り添う復興の酒 宮城・閖上の佐々木酒造店

東日本大震災の津波で壊滅した宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区。被災した佐々木酒造店は2019年10月に工場を復活させた。隣接する復興商業施設「かわまちてらす閖上」と連動、震災10年を過ぎた今、ようやくにぎわいが戻りつつある。主力銘柄「宝船 浪の音(ほうせんなみのおと)」は太平洋の波音が聞こえる漁師町で再び地域との歩みを進めている。
蔵では酒造りの機材が流され、店舗も全壊した。それでもかろうじて無事だったタンクの中に残った酒を移し替え、震災1年後の12年3月11日、「震災復興酒」として仮設店舗などで販売。創業1871年の老舗酒蔵が復興への一歩を記した。
さらに市内内陸部の仮設工場で酒造りを再開、13年1月に出荷した。醸造は酵母を使って酒造米を発酵させるため、温度調節など微妙で繊細な工程管理が欠かせない。仮設でのチャレンジに専門家から「そんなこと誰もやったことがない。やめた方がいい」と言われた。しかし佐々木洋専務は「技術の伝承、なりわいを残すために必要」と事業継続にこだわった。
津波で失った酒米を蒸す「甑(こしき)」やポンプなどを神戸市の酒蔵から無償で提供されるなど、全国から数多くの支援を受けた。神戸の酒蔵も阪神大震災で被災した経験を持ち、東北の惨状を知り、すぐに連絡があったという。「酒造りは町の個性や文化を映す。ふるさとを守るなら100年続くように復活させなさい」。佐々木専務はその時のアドバイスを心に刻んで本格再開への取り組みを進めた。

これまで醸造用に採取していた地下水は震災以降、鉄分が増えて酒造りには向かなくなった。このため地元のセリ農家の水田に使う水を分けてもらい、純米酒「閖(ゆり)」を完成させた。被災地の名前を採用したのは、地元での復活を発信し、悲劇の町でなく再び立ち上がるブランドと位置づけるためだった。
「浪の音」は淡麗辛口で米の味がしっかりしている。閖上特産の赤貝やホヤ、カキのうま味もしっかりと引き出す。さらに名取川の伏流水が流れるセリ田の水を使っていることから、佐々木専務は「地元名物料理のセリ鍋に合わないはずがない」と胸を張る。
小さな酒蔵で現在は新酒の仕込みで手いっぱい。生産状況は蔵の隣にある本店店舗に直接問い合わせるのがよさそうだ。
復興をキーワードにした連携は今も広がりを見せる。22年4月に名取川の対岸にある仙台市若林区藤塚地区でオープンする総合リゾート施設「アクアイグニス仙台」に、藤塚で収穫された米を使った大吟醸と純米酒「藤の雫(しずく)」を地域限定で提供する。
藤塚も閖上と同様、津波で壊滅的な被害を受けた。海水をかぶった水田は除塩を進め、米作りを復活させた。酒は施設に併設する農園レストランで地元食材とともに味わってもらう。「みやぎの食材に寄り添うというのが酒蔵の方針です」と佐々木専務。地域とともに復興の歩みは続く。
(仙台支局長 和佐徹哉)

[日本経済新聞電子版 2022年1月6日付]
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