それはNG!女性のやる気そぐ「駄言」はハラスメント
『早く絶版になってほしい #駄言辞典』(以後、『#駄言辞典』)。ジェンダーにまつわるステレオタイプから生まれる400を超える「駄言」を、エピソードとともに紹介している本書を、ジャーナリストの治部れんげさんはどう読んだのでしょうか。
まだこんなことを言っている人がいるのか
『#駄言辞典』を電車内で読み始めたのですが、あまりに腹が立ち、いったん読むのを止めて家に帰ってから読み直しました。一つひとつの駄言の内容もすごいですが、たくさん集まることでさらに破壊力が増しますね。全編にわたり、読み応えがありましたが、特に会社の中で言われている駄言を読むと、「まだこんなことを言っている人がいるのか」とあぜんとしてしまいました。こんなことを続けているから、日本のジェンダーギャップ指数が120位にとどまっているのでしょう。
駄言が生まれる構造を説明すると、問題点が2つ挙げられると思います。まずは、本書でも述べられている通り、「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」です。でも、それだけではないのです。もう1つ、見逃してはならないのは「上位者によるハラスメント」という視点です。
弱者に対する、言葉による攻撃
例えば、本書では、親戚の伯父さんから言われたという駄言が紹介されていました。
大手日本企業を定年退職した伯父より、これから就職しようとしていた学生の私に。
『#駄言辞典』112ページより
就職面接で面接官から言われているケースもありました。
就活中、総合職3次面接で言われました。私たち女性は華になるために採用されるんですか? 華として機能しない年齢になったら捨てられるんですか? 3次の面接官がそれ言います? 辞退しました。
『#駄言辞典』58ページより
1つ目の駄言を言った「伯父さん」は言われた当人にとっては目上の男性です。2つ目の駄言を言った面接官は、もしかすると女性で、自虐的にこんな言い方をしたのかもしれません。この面接官も、普段はこのような発言をしないのだと思います。しかし、面接という場面では、面接を受けている立場の人を下に見て、弱者に対して攻撃的な言葉を口にしてしまう。そんな構図が浮かび上がってきます。
年齢や立場が上の人によるハラスメントの構造
次の駄言についても、同じことがいえます。
子どもが熱を出し、急な有休を申請した際、女性の先輩から言われました。そちらの家の父親は分かりませんが、私は看病できますが何か?
『#駄言辞典』185ページより
これも誰が誰に駄言を言っているかという点に注目すると、職場で先輩が後輩に言っているわけです。仮に、この「子どもが熱を出した」のが、大口の取引先の男性社員だったとしましょう。「子どもを看病するために打ち合わせを延期してほしい」――、こう言われたのだとしたら、この先輩はおそらく「全然問題ありません。お子さん、早くよくなるとよいですね」などと言っていたのではないでしょうか。
要は、年齢や立場が上の人によるハラスメントの構造。これも駄言を生み出す背景にあるのです。
また、本書には実際に言われた駄言が400以上掲載されており、「あるある」と思いながら読んで留飲を下げるという効果は確かにあります。でも、それで満足してしまってはいけません。今回は匿名による投稿という方法で駄言を集めていますが、今後の取り組みとしては、ぜひ、企業に取材をし、社名入りで報道してほしい。例えば、2019年、化学メーカーのカネカにおけるパタハラ問題をメディアが社名入りで報道したことにより、企業は社会的な制裁を受けました。
言われた側も、固有名詞を出して、公然と指摘してほしい
先ほど紹介した2つ目の駄言では、駄言を言われた側の人は、その後、その会社における選考プロセスを進めることを「辞退」したと書かれていました。これは正しい行動です。駄言を言った側が、何らかの罰を受けるようにすることは有効です。今後は駄言を言われた側も、できるならば、固有名詞を出して発言をし、問題点を公然と指摘していくほうがよいと私は思います。
企業側にはぜひ本書を全社員に渡し、「こんな駄言を社内で言われたことがありますか?」と社員に聞いてほしいです。おそらく、全社を挙げてSDGs(持続可能な開発目標)などのプロジェクトを推進しているような大きな先進企業内でこそ、こうした駄言が言われているのではないでしょうか。
会社全体として先進的で優れた取り組みをしていたとしても、特定の部門にハラスメント体質の人が1人いるだけで、その部門の体質がおかしくなる可能性は十分にあり得ます。たくさんの社員が働く大企業でこそ、こうした事態が発生する確率は高いのではないでしょうか。
人が人として尊重されるか
本書は主にジェンダーにおける駄言を取り扱っていました。実際は、ジェンダーに限らず、「人が人として尊重される社会や組織であるかどうか」が重要です。年齢の高い男性が「加害者」で、女性は常に「被害者」であるという単純な構造であるとも限りません。女性の側にだって気を付けなければいけないことがたくさんあるのです。
最後に。本書の内容をどう受け止めるかは、その人の考え方の基本的なスタンスをよく反映するのではないかと思います。例えば、「この本は良い本だけれど、内容が鼻につく人もいるかもしれない」とか、「そんなに目くじらを立てなくてもいいのでは?」なんて反応する人がいたら要注意です。自分が駄言を言っているという自覚がどこかにあるからこそ、そうした発言をしてしまうのではないかと思います。
ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東大情報学環客員研究員。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。1997年、一橋大学法学部卒業後、日経BPにて経済記者を16年務める。2018年ミシガン大学大学経営学修士課程修了。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員など公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。
(取材・文 小田舞子=日経xwoman)
[日経xwoman 2021年6月22日付の掲載記事を基に再構成]
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