主婦業経験、プロ意識で磨く 料理研究家・山本麗子さんに聞く
Wの未来
――料理研究家になったきっかけは?
「28歳のころ、たまたま家で料理雑誌の編集者に自作のブランデーケーキをお出ししたところすごく気にいってくれて、雑誌に載せてみないかと言われたのがきっかけです。ただ、肩書が主婦だとよくない、とも言われて。『この仕事を続ける気はありますか』と問われ『やらせて下さい』と返事をし、料理研究家としてデビューしました」
「お菓子を作って配っているうちに、雑誌の読者から教えてほしいと頼まれました。でもレパートリーがそれほどなかった。その頃はしょっちゅうフランスに行ってはお菓子屋さん巡りをして勉強していました。2年ほどかけてレシピをそろえて東京に教室を開きました。最初の生徒は4人です」
――テレビ番組に出るようにもなります。
「30歳ぐらいの時に第1次ワインブームが起こり、ワインを飲む会に参加してデザートを作っていました。そこに来ていたテレビ局の関係者が料理番組で紹介したいと。最初の出演では緊張して『えーと……』を60回ぐらい使ってしまい、2度とテレビ出演はないと思いましたね」
「当時の料理研究家は男性中心でしたが、私の年代では栗原はるみさんがおられたほか、料理人でない女性、外交官の奥様などですが、海外暮らしから帰ってきた方が滞在国の料理を教えるケースが多かったですね。ただ、本やテレビで紹介されるには肩書が必要でした。主婦の立場が弱い時代だったのです」
――忙しくなる中で家族の理解はありましたか。
「主婦業が生活の中心という意識がありましたから仕事はセーブしていました。旦那さん(料理評論家の山本益博さん)は私が仕事をすることを問題にはしてはいませんでした。ただ、一緒に料理店のガイドブックを作るために外食が続いたのはしんどかった。フランス料理は年250店で食べ、同時にすし、そば、てんぷら、うなぎ屋などにも通っていました。夜はレストラン、昼は、この週はうなぎの週間と決めたら毎日うなぎ、という日々でしたので外食に飽き、自分で料理を作って食べたいという思いが強くなりました」
「ガイドブックを担当する助手を雇ってほしいとお願いして、その仕事からは離れました。そうするとお互いの考え方が変わっていった。あちらは食べに行ったからには色々と言いたい。私は作る人の気持ちを考えると言われたくない。作り手と食べ手が一緒にいる状況はかなり厳しいものがありました」
――1994年に長野に引っ越しました。
「離婚した後、せっかくもらった人生なんだから好きなことをしよう、と田舎暮らしを決めた。もともと友人の玉村豊男さん(エッセイスト)夫妻が軽井沢に住んでいて、しょっちゅう遊びに行っていました。30代後半に軽井沢を訪れたときに『私がいる場所はここだ』と感じ、ずっと長野に行きたいと考えていました。離婚してから玉村さんにお願いしてここの土地を探してもらいました」
「生徒さんが来てくれるか。最初は不安があったんです。ちょうどレシピ本を出して地元の新聞に紹介されたタイミングだったこともあって、地元の方を中心に百数十人からスタートできました。そのうち北海道から九州まで、さまざまな地域の方が通ってくるようになりました。長野の自然は毎月変わる。生徒さんもここに来るのは気分が良いみたいです。習い事というより同窓会のような雰囲気で、のんびりしてストレスを解消し、また頑張ってもらいたい」
――ブログでレシピを公開し、出版社の目に留まって本を出すケースもあります。料理研究家を目指す主婦が増えています。
「ネットやブログなどがあるため、今はデビューしやすくはなっています。ただ、一回本を出したり、テレビに出演しただけでは長続きしません。料理好き、お菓子好きな女性はたくさんいて、どんどん新しい人が出てくるのがこの世界。この道で食べていこうと思うなら常に他の人にないものを提示していく必要がある。色々な店に食べに出掛け、レパートリーの幅を広げる努力が欠かせません」
「急いで料理研究家になりたいという気持ちもわかりますが、まずは家族を満足させること。そして周りの人にも食べてもらう。評判が良ければおのずと声がかかってきます。子育てを終えてから料理研究家になっても遅くはありません。子どもが満足して、ご主人方から『こんなにおいしかったら料理研究家になってもおかしくない』と送り出してもらえるのが本当の料理研究家ではないでしょうか」
「普通の家庭の主婦が料理教室を開いてそれだけで食べていくのは難しい。中にはスタジオを持つ人、メディアに取り上げられて知られていく人もいますが、数は少ない。料理研究家は、それで収入を得ようという人と楽しいからやる人とに分かれます。どちらを選ぶか。少しでもお金をもらう以上はプロ意識を持ってほしい。自分より料理上手な生徒だって来ますから、きちんと勉強しないといけないのです」
(聞き手は田中裕介)
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