母の視点で海外へ 岡田久幸・タケックス・ラボ社長
Wの未来 キレイになる
タケックス・ラボが社内で定める安全基準は「企業の視点」を排した「母親の視点」からできている。「母の視点はハードルが高い。『自分の子供に与える』と思えば最大の価値を望むはずだ。コストや効率よりも大切なものを第1に考えたい」と、岡田は話す。

岡田は高校2年生のとき腎臓ネフローゼを発症した。1年8カ月に及ぶ入院生活のなか、小児病棟で化学物質アレルギーなどに苦しむ子供と、傍らで見守る母親たちの悲痛な姿を見てきた。自分自身も闘病生活に追われ、学校にあまりいけないまま高校時代は終わった。飛行機の客室乗務員になる夢もあきらめた。
高校を出た後は、父が経営していた竹細工の工房で仕事を手伝った。目的を失い、なんとなく日々を過ごすなか、工房の職人のなにげない一言が心にとまった。「皮をはいで竹を置いておいたらカビちゃったよ」。竹は緑の皮がついたままならカビない。皮をはがしたとたんカビがすぐ生えてしまう。
「皮の部分にカビを抑える働きがあるのではないか」。このとき19歳だった岡田はひらめいた。さっそく自己流で自宅の台所の隅に陣取り実験にとりかかった。竹の皮をはぎとり、テレビで見た梅酒の作り方を参考にアルコールに漬けて成分を抽出した。
むきエビを2尾買ってきて、1尾だけ竹の成分を塗り2つのエビの腐り具合を観察した。違いははっきり出た。竹の成分には抗菌作用がある。自然の素材からとれる成分を生かした抗菌剤などをつくれば、「アレルギーに苦しむ子どもを救えるかもしれない」。目的を失っていた岡田の心に火がついた。
もっとも身近な相談相手は当時、主治医だった。「竹の成分には防菌効果があるはずだ。食の安全に役立てたい」。そう相談すると、主治医は出身の北里大学の担当教員を紹介してくれた。ユニークなアイデアは話題になり、大学の研究テーマに取り上げられ、学会で成果発表する機会も得た。特定の組織に所属せず自由な岡田はその後も、協力者を求めて大学や企業を訪ね歩いた。
だが、当時の岡田には研究にだけ没頭するわけにいかない事情があった。20歳代半ばで結婚し1児をもうけたものの離婚。親権を維持するため定職に就かなければならなかった。証券会社に籍を置いて働いた。
家事と仕事の傍らでの研究。3足のわらじを履きながらできることには限界があった。大手外食が抗菌剤を使った製品を一部採用してくれることはあったが、信用力がない。企業としての体制を整えないまま食品関連材を取り扱うことは不可能だった。

協力してくれる製薬会社や小売事業者の出資を受けて、会社をつくったのは2002年のことだ。スタートラインまで10年以上かかったが、無駄な時間ではなかったように思う。起業する際の事業計画書作りのノウハウには証券会社で働いた経験が生きた。
翌年、シンポジウムで出会った大企業と資本提携。企業規模は一気に大きくなった。2006年にノロウイルスへの効能が注目され、売り上げが大幅に増えた。三菱UFJキャピタルやジャフコなど著名なベンチャーキャピタルからの出資も得て、事業は一気に上昇気流に乗る。
2009年からは新型インフルエンザへの懸念が強まり抗菌剤が売れた。2010年7月期の売上高は5億円に膨らんだ。もっとも、いいことばかりは続かない。その翌年は前年に氾濫した抗菌剤が割安に市場に出回り、売り上げが6割減る憂き目にあう。そんなとき、岡田を支えたのが、三菱UFJキャピタルの担当者だった岡田猛(56)だ。

銀行員出身の猛は出資先のタケックス・ラボに様々な助言を与える立場にあった。「国内マーケットは成熟し競合が激しい。目を向けるべきは海外だ」。猛は会社の将来をともに真剣に考えてくれた。厳しい時期を支え合った2人は12年11月に結婚した。猛は三菱UFJを辞め、13年10月にタケックス・ラボに加わる。銀行員時代に企業連携を多くこなし、外資企業とのファンド組成なども手掛けた猛によって、外部連携や海外事業で成長する道筋が描けるようになった。
海外の家電大手の冷蔵庫の表面に防カビ効果を施したり、国内製紙大手と抗菌効果のある竹成分からつくる食品容器用の紙をつくったり。海外向けにも昨年、台湾へ。今年は香港への輸出を開始する。タイやシンガポール、マレーシアや韓国でも販売の準備を進めている。14年7月期は4年ぶりに売上高が3億円を回復する見通しだ。
興味深いのは海外提携先の担当者も多くが女性であることだ。「単なるビジネスだけではない。食品の安全・安心を守りたい、そんな考えに女性はスムーズに共鳴してくれる」と岡田は話す。
竹の抗菌力に目をつけ事業化を志してから四半世紀以上が過ぎた。母の視点を原点に1人で事業を立ち上げるなかでさまざまな経験をし、仕事と私生活の両面で支えてくれるパートナーも得た。目標とする株式の新規上場に向け、挑戦はまだまだ続く。=敬称略
(企業報道部 宇野沢晋一郎)
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