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東京ふしぎ探検隊

2012/9/28

東京ふしぎ探検隊

日本初の「高速道路」は銀座 幻の「スカイビル計画」も

国道15号は日本橋から新橋までの間、中央通りとも呼ばれている。銀座では中央通りを取り囲む形で、高架上を道路が走っている。この道路、日本初の「高速道路」だという。

日本で初めて都市間をつなぐ高速道路ができたのは1963年(昭和38年)。名神高速道路だ。実はそれより前、「高速道路」を名乗る道路があった。東京高速道路だ。

開通したのは1959年(昭和34年)。「当時は銀座・中央通りの渋滞がすさまじく、その対策として高速道路計画が浮上したようです」。東京高速道路取締役の鈴木孝弘さんが建設の経緯を教えてくれた。

同社の社史「東京高速道路三十年のあゆみ」によると、当時、三菱地所の社長だった樋口実氏ら23人の財界人が発起人となり、会社を設立した。民間の手で高速道路を造るという壮大な計画だった。

ただの道路ではない。樋口氏らが東京都に出願したのは、地下4階、地上12階のビルの2階部分に道路を設けるという「スカイビルディング計画」だった。当時東京都の建設局長で、東京・新宿にある歌舞伎町の生みの親としても知られる石川栄耀(ひであき)氏が構想したといわれている。1981年(昭和56年)発刊の社史はこう振り返る。

「スカイビルディング計画が完成を見たならば、東京の都心部は、現在とは違った形で発展したことだろう」

確かに、12階建てのビルがぐるりと銀座を取り囲んでいたら、銀座の印象はかなり違っていただろう。それはちょうど、城壁のように見えたかもしれない。

計画は実現しなかったが、代わりに1、2階が店舗で3階部分が道路というユニークな構造となった。店舗や駐車場、オフィスの賃貸収入で道路を維持管理しており、道路の通行料は無料。厳密には高速道路ではなく一般道路だが、利用者から見ると高速道路と区別はつかない。立派な「日本初の高速道路」だ。首都高も厳密には高速道路ではなく、自動車専用道路。こちらもイメージは高速道路だろう。

「銀座インズ」の上には、東京高速道路と首都高の乗り継ぎ所がある

ところでこの道路、利用者からは「会社線」「KK線」などと呼ばれている。会社線は株式会社の道路なので分かるが、KK線は何の略だろう。同社に尋ねると「Kabushiki Kaisha」のKKだという。昔は株式会社のことをKKと略すことがあった。同社も「東京高速道路KK」と表記されることがあり、これがKK線との呼称につながったようだ。

ちなみに東京高速の事務所の住所は「銀座1丁目3番先」。道路建設にあたって川を埋め立てた後、中央区と千代田区、港区との間で境界線が定まらなかった。高架下にある銀座インズなどのショッピングセンターにも正式な住所はない。郵便や税金などの支障はないとはいうが、何とも落ち着かない。

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