シニアで話題の「老前整理」。「生前整理」や「遺品整理」と違って、働き盛りの今こそ取り組むべき。その理由と実践方法を、提唱者に尋ねた。
老いに備えて、元気なうちに、不要なモノを捨てよう──そんな「老前整理」の考え方が話題だ。シニア世代の関心が高いが、「働き盛りの若いうちから取り組めば、より高い効果が実感できる」。提唱者である、くらしかる代表の坂岡洋子さんは、そう訴える。
老前整理と似た言葉に、「遺品整理」と「生前整理」がある。遺品整理は、本人が亡くなった後、家族や親族が遺品を始末すること。そして生前整理は、自分の死後に残された家族が、相続問題などで苦労しないよう、本人が財産や持ち物を整理しておくことを一般に指す。いずれも「他人に迷惑をかけない」ことが、主な目的だ(下図)。
それに対して、老前整理は「自分がこれから生きていくための整理であるところが一番の特徴」。何歳からでも、始める価値がある。
年齢を重ねるにつれて、モノを捨てるのに必要な気力も体力も減退する一方、持っているモノの量は右肩上がりに増える(下図)。
~「老前整理」とは~
老いた時の気力、体力の低下に備え、元気なうちに不要なモノを捨てて、整理すること。生活空間を使いやすく(暮らしを軽く)すると同時に、心を軽くする。死後に備える「生前整理」や「遺品整理」とは異なり、自分が快適に生きていくための整理なので、働き盛りのビジネスパーソンにとっても実践する価値が高い。
■他人のモノ、愛着あるモノ
モノが劇的に増えるポイントは、結婚や、子供が生まれるなどのライフステージの変化だ。
「結婚すれば、モノの量は単純に考えて倍になるし、子供が生まれたら、おもちゃや勉強道具、学校で作った工作物など、芋づる式に果てしなくモノが増えていく」
こうしたライフステージの変化で増えるモノが厄介なのは、自分だけのモノではないこと。家族に無断で、勝手に捨てたり、片づけるわけにもいかない。
それぞれのモノとつき合ってきた年数が長くなることも、整理を難しくする。「高齢者の家には、30~40年前のモノがタンスや押し入れに山ほど眠っていて、どれも愛着があると言う。しかも、若い頃よりも判断力が鈍っているから、“捨てる”決断は下しにくい」。
そこに、社会状況が追い打ちをかける。「そもそも現代の日本社会にはモノがあふれ返っている。意識的に減らしていかないと、家の中のモノは増える一方になる」(坂岡さん)。
■バリアフリー以前に…
くらしかる代表・坂岡洋子さん坂岡さんが「老前整理」を提唱するようになったのは、インテリアコーディネーターとして、バリアフリーに関心を持ち、介護現場に足を踏み入れたのがきっかけだ。
目にしたのは、バリアフリー以前に、あふれるモノに囲まれて身動きが取れなくなっている高齢者の姿だった。数枚の古新聞や絡まったコードに足を引っかけ、骨折するといった事故も後を絶たない。
「しかも、大量のモノを残したまま亡くなると、死後の遺品整理で家族・親族に多大な負担がかかる」(坂岡さん)。
老いた時、安全、安心に暮らすには、何よりモノを減らすこと。気力、体力が衰えてからでは手遅れになる…。そう考え、たどり着いたのが「老前整理」の概念だった。
老前整理のセミナーを各地で開催してきた坂岡さんに、「働き盛りから始める老前整理」のワークシートを提案してもらった。充実した最期の時を過ごすには、今から挑戦して早すぎることはない。
【5ステップで今から始める 「老前整理」実践ワークシート】
「働き盛りの今だからこそ、始めてほしい」と、坂岡さんが提案する「老前整理」の5ステップ。年齢を重ねるにつれて、モノを捨てにくくなる事情を勘案しているのが特徴だ。
STEP1 まずは、あなたの家・部屋が片づかない理由の上位3つを書き出してみよう
(例:部屋が小さい、収納が少ない、使ったモノを元に戻さない、モノが多い…etc.)
ポイント 同じ部屋に住み続けると、散らかった状態に鈍感になってしまうもの。改めて自分の部屋が片づかない理由を考えよう。理由次第で対処法も異なる。例えば、使ったモノを元に戻さない人は、置き場所を工夫するだけで片づくことも。
STEP2 主な所有しているモノの量(個数、枚数)を正確に書き出してみよう
ポイント モノが多すぎる中高年の特徴は、持っているモノの数を把握していないこと。若いうちから、所有物の数をチェックするクセをつけたい。重複して同じようなモノを買っていることに気づいたり、買いすぎの防止にもなる。
STEP3 どこを、いつまでに片づけるかを決めよう
取りかかりやすいのは、ペン立てや、冷蔵庫の中など!ポイント 片づけに不可欠な「捨てる決断」には、精神的なエネルギーが必要。片づける期限と対象をしっかり決めない限り、いつまでも先延ばしにしてしまう。高齢者には特に顕著だが、働き盛りの元気な人にも、よく見られる傾向だ。
STEP4 自分なりの「捨てる」基準を決めよう!
1. 今、役立っているモノは捨てない
2. 思い入れのあるモノは捨てない
3. 今、役立っておらず、思い入れのないモノは捨てる
4. [ ]年以上、着ていない衣類は捨てる
5. [ ]年以上、使っていない趣味のモノは捨てる
6. 使えるモノは使う
ポイント モノを取捨選択し、捨てるには、判断基準が必要。だが、自分に合わない基準で捨てると、後悔する。思い入れがあるモノは、無理に捨てなくていい。ただし、「○年以上着ていない衣類は捨てる」といった、期限を切った基準は不可欠。
STEP5 捨てるべきか迷ったら5W1Hでモノと自分の関係を明確に
What これは何?
Why なぜ、取ってあるの?
When いつ必要なの?
Where どこで、使うの?
Who 誰が、使うの?
How much? いくらしたの?
ポイント この6つの質問は、モノを前に捨てるかどうか迷っている人に、坂岡さんが投げかけるもの。モノと自分との関係性を「5W1H」に沿って、論理的、かつ本質的に見直すことで、捨てる決断を後押ししてくれる。高齢者にも若者にも有効。
この人に聞きました
坂岡洋子さん
くらしかる代表・老前整理コンサルタント。インテリアコーディネーターとして、住まいや家電のデザインに携わるうち、バリアフリーの必要性を感じてケアマネージャー資格を取得。在宅介護の現場でモノが多すぎることを実感し、2007年にくらしかる設立。人生の節目を迎えた時に頭とモノを整理する「老前整理」を提唱。著書に『老前整理』(徳間書店)。
(ライター 田中美和)
[日経ビジネスAssocie2012年12月号の記事を基に再構成]
[参考]日経ビジネスAssocie(アソシエ)2012年12月号「最新版 整理術」では各分野で活躍するプロの整理術を紹介した「プロフェッショナルの整理の流儀」、「職種別! エース社員の整理術」など整理術の実例や、机や財布を整理する実践テクニック、「名刺」「書類」「書籍」のすぐにたまってしまうビジネス3大紙アイテムの整理法を紹介している。 http://www.nikkeibp.co.jp/associe/
日経ビジネス Associe (アソシエ) 2012年 12月号 [雑誌]
著者:
出版:日経BPマーケティング
価格:630円(税込み)
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