急拡大中のメガ共感型メディア"ニコニコ動画"とは
日経エンタテインメント!
累計740万超の投稿動画、毎日数万番組を生放送
将来の夢を聞くと、迷わず「"歌い手"さん!(自分が歌う動画をニコ動に投稿する人)」と答える中学生たち。都内勤務の某OLは、「東電の記者会見をニコ動でチェックするのが日課」と言う──最近ふとした会話で「ニコニコ動画(通称ニコ動)」の名を聞く機会が増えていると感じないだろうか?
ニコ動のサービス開始は2006年12月。たった5年で登録者数2600万人を突破、国民の5人に1人が利用する人気サイトに成長した。売上高は、3年間で5.5倍増の100億円(2011年度)。うち7割が月額525円のプレミアム会員の会費収入だ。従来、無料が当たり前だった動画の世界に会費制を持ち込み、有料会員数は160万人に迫る勢い。まだ「ニコ動を知らない」人も多い一方で、影響力は確実に増大している。
YouTubeやUSTREAMと違い、動画再生中に閲覧者が書き込んだコメントが画面の右から左に流れるように表示されるのがニコ動の特徴。この「ユーザー参加型」が1日に平均滞在時間101分という中毒性を生み、新しい映像文化とマーケットを切り開いた。ニコ動ユーザーが育てたバーチャルアイドル「初音ミク」は、米トヨタやGoogleのテレビCMにも起用されるなど世界的な広がりを見せている。
テレビとの垣根を越える
ネットとテレビの垣根を越える画期的な試みも。2011年3月にNHK『クローズアップ現代』と、11月にはEテレ7番組とのコラボが実現した。いずれも番組制作者がニコ動に出演するという趣向。「番組への思いをダイレクトにユーザーと共有した初めての機会で、とても刺激的だった。また一緒に何かやりたい」(Eテレ担当の編成局編成センター増子善久副部長)と社内外の評判も上々だ。
一方で、東日本大震災を契機に、ニコ動は新たな役目を担うことに。一つは震災直後から実施されたNHKやフジなどの報道番組のライブストリーミング。のべ1400万人を超す視聴者がニコ動を通じてテレビの震災報道に接した。緊急時の例外措置として各社への配信・提供に関わったNHK編成局編成主幹の兄部純一氏は、「ニコ動は最も若い世代にリーチできる動画サイト」と考える。
もう一つは原発関連の報道。ニコ動では震災直後から現在まで、東京電力、原子力安全・保安院、官房長官の記者会見をすべてノーカットで生中継。テレビにはできない報道がニコ動にはできるという事実を、多くの人が知った。
有名政治家、大物文化人、人気アーティストら、影響力の大きな人々からもニコ動を評価する声は高まっている。それがまたユーザーの裾野を広げる好循環。ニコ動のこれほどまでの成長を支えてきたものは一体なんだったのか。
「ニコ動に来る真の目的は映像や音楽そのものではなく、それを見てみんなでワイワイ楽しむこと」と川上量生(のぶお)会長は言う。ニコ動の事業展開は常にユーザーに寄り添う形で進められてきた。
サービス開始当初、YouTubeの動画を利用していたニコ動。だが2007年2月、突如YouTubeから接続を遮断される。既に1日2000万PVを超すユーザーがいたため、わずか9日で必死の復旧。だが小サーバーでは、全員がアクセスするのは不可能だった。そこでアカウント制、有料会員制を導入、結果的にユーザーの帰属意識を高めることになる。
初期は、著作権侵害の問題も深刻だった。違法動画は見つけ次第削除していくものの、既存の楽曲を使った自作動画の投稿は止まない。「テレビ局、映画会社、レコード会社…正直、あらゆる企業ともめました」と運営責任者の杉本誠司ニワンゴ社長は振り返る。これを解決したのが、2008年4月に締結されたJASRAC(日本音楽著作権協会)との包括契約。以後、ユーザーによる曲の演奏や歌唱は自由になった[注1]。
ユーザーと同様、提携企業の要望にできるだけ添うのも特徴だ。2011年6月、傘下に10の出版社を持つ角川グループと資本提携。11月からは電子書籍を扱うようになったが、縦書きの書物を読みやすく美しく表示するビューワーの開発には1年を費やした。同じく11月からワーナー配給のハリウッド映画の放送を始めた際も、「映画作品上にコメントをかぶせないでほしい」というワーナー側の要望をかなえる仕様を開発している。
こうした姿勢が次につながる。現に2012年2月にはホイットニー・ヒューストンの急死からわずか5日で映画『ボディガード』を他メディアに先駆けて配信するなど、ワーナーとの協力関係は強い。
独自性高い「生放送」で活路
さらに、ここ数年はユーザー層を広げるため、スポーツ、政治、囲碁・将棋…と新ジャンルを次々と開拓。鍵を握ったのが、コメントを同時共有できるニコ動ならではの特性を生かした「生放送」だ。
アーティストのライブ映像やスポーツ中継では、コメントの挿入で臨場感、一体感が増す。「掛け声や歌詞の復唱など、リアルタイムで短く発するコメントは、"声援"にぴったり」と編成を統括する木村良輔氏は語る。アニメやドラマの全話一挙放送も生放送の特性を生かした楽しみ方だ。ユーザーは長時間PCの前に留まり、コメントを重ね合うことで、「いま同時にみんなで見ている」感覚を共有する。
他社が敬遠する政治ジャンルへの参入も影響大だった。「アキバ系と思われていたニコ動が、ニュースや新聞で扱われるようになった」と杉本氏。今や国会中継は人気コンテンツのひとつだ。
こうした川上会長率いるニコ動の拡大路線を支えてきたのが、夏野剛氏と西村博之(通称ひろゆき)氏のツートップ。NTTドコモでiモード開発に携わり、財界に顔が利く夏野氏は、人脈と経営手腕を発揮してニコ動の黒字化、一般化を実現。一方のひろゆき氏は元2ちゃんねる管理人。ネットユーザーの代弁者という立場で、どんなに拡大しても既存のファンに愛される工夫を盛り込む。川上、夏野、ひろゆきの三者がバランスを取ることで、商業主義に寄り過ぎない文化発信の場を形成している。
天井と壁4面がLEDパネルで囲まれ、3Dのキャラクター投影も可能な最先端イベント施設「ニコファーレ」のオープン、台湾でのユーザーイベント開催など、この1年でニコ動の活動域は格段に広がった。3月には講談社、小学館、東映、松竹、ディズニーといった大手エンターテインメント企業とも新サービスを開始することを発表。かつては著作権侵害の温床と敵視されていたが一転、エンタ界における存在感は、いよいよ増すばかりだ。
ドワンゴは2011年末にそれまでの主要ビジネスだったモバイル部門を分離。それはニコ動1本で勝負することを指す。ユーザーを引きつける"ニコ動カルチャー"を継承しつつ、この先どこまで広がるのか。4月末の大イベント「ニコニコ超会議」の成否が、今後を占う試金石になりそうだ。
(ライター 金井真紀、日経エンタテインメント! 平島綾子)
[日経エンタテインメント!2012年5月号の記事を基に再構成]
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