日本橋、謎を呼ぶ「MN」問題 「Niho“m”」か「Niho“n”」か東京ふしぎ探検隊(14)

学校では訓令式、「新聞」は「SINBUN」?

地下鉄入り口は「m」表記だが、「日本橋郵便局」の案内板は「n」で書かれている

ローマ字の歴史は、書式乱立の歴史でもあった。

1867年(慶応3年)、米国人宣教師、ヘボンが『和英語林集成』でローマ字をかなと一対一で対応させた。これがヘボン式の始まりだ。明治政府はヘボン式ローマ字を幅広く採用した。ちなみにヘボンはHepburnとつづり、女優オードリー・ヘップバーンと同じ。日本では自ら「ヘボン」と名乗っていたという。

これに対して、1885年(明治18年)、物理学者で後に東京帝国大学教授となる田中館愛橘が提唱したのが日本式。音韻学に基づき、五十音図に対照したローマ字体系だった。ヘボン式と日本式は激しく対立。政府は臨時ローマ字調査会を設置し、1937年(昭和12年)、日本式を一部修正して出されたのが訓令式と呼ばれる書式だった。

同じ道路標識なのに、日本橋のローマ字表記が「n」と「m」

ようやく統一されたローマ字だったが、終戦後、ヘボン式が盛り返す。GHQ(連合国軍総司令部)が都市名や駅名にはヘボン式を使うよう命じたのだ。これ以降、街には再びヘボン式が増えていく。そこで1954年(昭和29年)、内閣告示で「国際的関係その他従来の慣例をにわかに改めがたい事情がある場合に限り」、訓令式のなかで一部ヘボン式を使うことを認めた。ただし「ん」についてはすべてnで表記するとしていて、例として「sinbun(新聞)」「denpo(電報)」をあげた。ちなみに訓令式では富士山を「huzisan」と書く。これも利用例としてあげられていた。

ローマ字を巡る公的な文書は、この内閣告示以降存在しない。訓令式は現在でも有効とされるが、街で訓令式を見かけることはほとんどない。新橋を「Shinbashi」(ヘボン式の一種)と書くことはあっても「Sinbasi」(訓令式)と書くのはあまり見たことがない。普段目にすることがない訓令式だが、ほとんど唯一といっていい採用先がある。それは教科書だ。

「訓令式は国語学習には適しているんです」。小学校の国語教科書の編集にかかわる千葉大学の伊坂教授は、訓令式のメリットについて指摘する。「国語教育では日本語の音の仕組みについて、五十音図を使いながら教えていきます。同じ行の子音は同じローマ字で表記していた方が理解しやすい。活用の仕組みを学ぶときにもわかりやすい。国語教育の初期段階では訓令式は有効だと思います」。ただし「街でローマ字を見つけてこよう」など実社会に即した教え方ができないのがもどかしい、とも話す。

都営バスの「日本橋」停留所。同じバス停なのに表記が混在している

ローマ字書式の混乱は、時にちぐはぐな表記を作り出す。例えば日本橋では、都営バスの同じ停留所で「Nihonbashi」と「Nihombashi」、両方の表記があった。新橋でも同じ混乱がみられた。道路上にある行き先を表示する青い看板でも、「Nihonbashi」と「Nihombashi」があった。道路標識は本来「n」のはずだが、現場で混乱があったのか。

ところで、日本橋は東京では「にほんばし」だが大阪では「にっぽんばし」と読む。なぜか? 別の機会に検証したい。

(電子報道部 河尻定)

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