もう一つのポイントが「ターゲット」だ。通常、スポーツ選手の本は男性が買うケースが多い。だが、『心を整える。』の購入者の約7割は女性で、特に30代と40代が多い。その理由は長谷部のサッカー人生が書かれているのではなく、自己啓発の本となっているためだ。サッカーにまつわるそれぞれのエピソードも、長谷部が心がけている習慣という形で56項目並べてあり、すぐに読者の生活に役立つよう落とし込まれているのだ。

長友佑都選手の『日本男児』(ポプラ社)
女性の人気が高い『心を整える。』(幻冬舎)

また、女性誌顔負けの工夫も多い。例えば、表紙は男性向けでは見られない淡いブルーを基調に長谷部選手の視線をはずしたオシャレな写真、本文で使われている文字も青色だ。内容も、彼が大好きだと公言しているミスター・チルドレンのおすすめ曲を15曲選んだり、感銘を受けた稲盛和夫や沢木耕太郎の本を上げ気になった言葉を引用したり、心を落ち着かせるのに使っているアロマオイルを製品名入りで紹介したりと、細かなところまで気配りしてある。

さらに、初めから印税は全額を東日本大震災のために寄付と発表したことも、「かっこいい」「潔い」と女性たちから好評だ。とにかくサッカーとは縁の薄い読者にも多くの接点があるのだ。

もちろんスター性があり内容が伴っているからこそのヒットだが、書籍といえどもニュース性の高さが魅力になり、普段なら手を伸ばさない女性という読者をつかむ工夫の積み重ねがミリオンという数字を作っている。

品田英雄(しなだ・ひでお)
 日経エンタテインメント!編集委員。1957年生まれ。学習院大学卒業後、ラジオ局勤務を経て日経BP社入社。1997年『日経エンタテインメント!』創刊と同時に編集長に就任。2010年より現職。日経トレンディネットで「品田流トレンド塾」、日経MJ「品田英雄のヒットの現象学」を連載中のほか、さまざまなメディアにも出演、幅広く活躍中。著書に、日経文庫『ヒットを読む』(日本経済新聞社)などがある。