人格がわかる? なぜか生理的に響く「におい」の秘密
皆さんは、ふと何かのにおいに接したとき、急に昔の記憶がよみがえってきた経験はないだろうか?
土や草、海辺の潮風、子どものころに食べたもの……。そんなにおいとともに、妙にリアルな記憶が、当時の情感そのままにわいてくる。
嗅覚以外の感覚、例えば視覚で故郷の風景を見たり、聴覚で昔のヒット曲を聞いたりして思い出に浸ることもあるけれど、嗅覚と結びついた記憶は特別に鮮明で、なんだかキュンとくる。そんな実感を持つ人は多いと思う。
こんな現象が実は、嗅覚という感覚の特性をよく表しているのだという。
嗅覚の情報は大脳へダイレクトに届く
嗅覚研究所代表の外崎肇一さんはこう話す。「嗅覚は、五感の中で最も"原始的"なシステム。視覚や聴覚とは、情報を処理する脳の中の経路が違うのです」
においを感じるのは、鼻の奥のほうにある「嗅細胞」という細胞だ。切手ぐらいのエリア(約2.4平方センチメートル)に500万個ほど並んでいる。
嗅細胞の先端には、数本の「嗅線毛」という"ヒゲ"がある。におい成分がこのヒゲにくっつくと、嗅細胞が興奮して電気シグナルを発し、それが脳へ伝わるというしかけだ。
正確にいうと、におい成分がくっつくのは、ヒゲ表面にあるにおい受容体分子。300種類以上もの異なる分子があり、表面にあるくぼみの形状が微妙に違う。それぞれの受容体は、自分のくぼみにぴたりとはまるにおい成分を待ち構えていて、成分がくっつくと電気シグナルを発生させる。そうやって、異なるにおいを見分けているのだ。
さて注目は、電気シグナルが伝わる先。人間が持つ5種類の主な感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)のうち、なぜか嗅覚だけ伝達ルートが違う。
「ほかの4種類のシグナルは、まず脳の視床という場所に届き、そこで情報をある程度整理・統合したうえで大脳へ送られます。でも嗅覚のシグナルは視床を通らず、ダイレクトに大脳へ流れ込むのです」
"情報を整理・統合する"というのは、価値が低いものを捨てたり、一部をデフォルメしたり、似たようなものをまとめること。そうやって処理すればわかりやすさはアップするけれど、生のインパクトは減る。
嗅覚という感覚は、人類の祖先が、洗練された情報処理過程を進化させるより前に身につけたものだという。だから太古のやり方そのままに、"生"の刺激を大脳へ放り込む。それで、鮮明な印象が残りやすいと考えられるそうだ。
人格の違いがにおいに表れる?
ところで、人間にとって嗅覚はどんな意味があるのだろう?
人間は犬のように鼻が利くわけじゃないし、日常的な情報収集のほとんどを、目や耳に頼っている。旧式の感覚システムは退化してしまってもおかしくない気もするけれど……。「でもね、生まれて間もない赤ちゃんは嗅覚が命綱なのですよ」
ほう? どういうことですか? 「赤ちゃんは生まれた直後、まだ目が見えません。お母さんの乳輪腺が出すにおいを頼りに、おっぱいを見つけるのです」
なるほど。原始的なしくみだからこそ、生まれた直後からフル稼働できるわけか。
ちなみに、目と耳が不自由だったヘレン・ケラーは、「においで人格がわかる」と語ったことがあるという。人格の違いがどんな"におい成分"を発するのかは謎だが、「もし興奮性の脳内物質がにおうとすれば、人の落ち着き度合いや精神状態が、においとしてある程度表れるのかもしれません」と外崎さんは話す。「視覚や聴覚に隠れて気づきにくいだけで、実は私たちも、嗅覚からそんな情報を受け取っているのかもしれませんよ」
生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。最新刊は『スゴイカラダ~あなたの健康を保つ驚くべきしくみ』(日経BP社)。
[『スゴイカラダ~あなたの健康を保つ驚くべきしくみ』の記事を基に再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。