「韓流」はなぜ世界に広がったのか
日経エンタテインメント!
目標は、東京ドームのステージで歌うこと。「ミュージックステーション」や「HEY! HEY! HEY!」などといった有名音楽番組に出られるようになりたい。そしていつか、「NHK紅白歌合戦」に選出されたい――。
2010年、突如として日本でK-POPブームが巻き起こった当時、日本のメジャーレーベルから次々にデビューしたK-POPグループのメンバーたちは、口々にこんな"夢"を語っていた。
それからわずか2年の間に、東京ドームでは、SUPER JUNIOR、チャン・グンソクといった人気アーティストが同施設での初単独ライブを次々に開催。そのほかにも、少女時代、KARAら話題のガールズグループや注目の若手が集う複合イベントが東京ドームで数多く催されている。
日本武道館や国立代々木競技場第一体育館、そして、小規模のホールや屋外ステージも含めれば、日本全国でK-POPイベントが開かれてきたといっても過言ではない。
また、テレビの音楽番組やCMに、韓国のアーティストが登場するのも、もはや珍しいことではない。K-POPスターたちの海外での夢は、既にすべてかなってしまっている。
ドラマの人気も依然手堅い
一方、韓流ブームの火付け役といえば韓国ドラマだが、現状はどうだろう。2003年4月にNHKのBS2で「冬のソナタ」が放送され、その後、"韓流ブーム"が全国に広がってから、もうすぐ10年。ペ・ヨンジュン級のスターは不在で、なかなかブレイク作品が出ていないように見える。しかし実際には、堅調に右肩上がりの人気ぶりを見せているようだ。
TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブの発表によると、今年上半期のレンタル総回数が過去最高の3億6397万回を記録した中で、大きなけん引力となったのが韓国ドラマ人気。60代女性のレンタル回数トップ10はすべて韓国ドラマが占めた。
「冬のソナタ」級の大ヒット作には恵まれないとはいえ、新作ドラマの公開時にはキャストの来日イベントが開かれ、全国からファンが集う傾向は変わらない。依然として着実に、韓国ドラマは日本に進出を続けている。
音楽で国のイメージを向上させて、韓国製品の購買につなげる
韓国エンターテインメントはなぜ、ここまで貪欲に海外を目指すのか。1つの理由は、韓国の国内市場が小さいことだ。韓国の人口は日本の半分に満たない。米国に次ぐ大きなコンテンツ市場である日本への進出は、右肩上がりの成長を続けて、"食べていく"ために欠かせない当然の選択だ。
日本で韓国のコンテンツ振興を手がける政府系機関、韓国コンテンツ振興院・日本事務所の金泳徳(キム・ヨンドク)所長によると、2010年の統計で、韓国から輸出されるコンテンツの約54%が日本向け。ほかは台湾が約13.2%、中国が約8.8%、ほとんどがアジア諸国に集中している。
ではその実数というと、韓国の政府機関、文化体育観光部の発表(2012年2月)によると、韓国の2011年の貿易輸出の総額約5565億米ドルのうち、コンテンツ産業が占める割合は、わずか41.6億米ドル。過去5年以上、音楽、ドラマ(放送)の輸出額は右肩上がりで伸びているものの(表2)、スマートフォンや薄型テレビなど、電子機器の輸出額に比べれば、決して大きなビジネスではない。
「しかし、音楽やドラマが海外で認知度を高めることが、韓国のイメージを上げ、それが後に、韓国メーカーの製品の購買や観光客を増やす。その間接的効果は非常に大きいと、韓国政府は見ている」(金泳徳所長)。韓国輸出入銀行海外経済研究所の試算によると、K-POPの輸出が100米ドル増えると、韓国製の電子製品やIT機器の輸出は平均395米ドル増加するという。
人気者のKARAは2012年、海外での活動が評価され、「韓国観光の星」の特別賞(功労賞)に選出。政府から表彰された。これを見ても、韓国政府がアーティストの力で世界に韓国ブランドを広める戦略に重きを置いていることが分かる。K-POPアーティストは、海外で成功すれば、金銭的に豊かになるだけでなく、国のイメージアップに貢献した立役者として、名誉ある地位を得ることもできる。"高収入と名誉"の両輪が、韓流スターの高いモチベーションを維持する原動力というわけだ。
ネットが最大の武器に
韓流スターが、自身と母国を世界に売り込むうえで、最強のツールになったのがインターネットだった。ドラマのスターが今、どこで何をしているのか、日本にいつ来るのかといったPR情報を、俳優自身やマネジャーは海外のファンに対し、ツイッターでのつぶやきなどで、簡単に発信できる。
K-POPについては、YouTubeのトップページには、常に韓国アーティストの最新映像がアップロードされている。事務所にとって、アーティストを飛行機に乗せて海外でプロモーションさせるには莫大なコストがかかる。しかし、新しい映像をインターネットで発信すれば、配信コストはタダだ。こうした、ネットを巧みに使った戦略を評価する日本の音楽関係者は多い。
「今や、iPhoneに曲をダウンロードして聴いて、YouTubeで映像を見るというスタイルが世界の若者には定着している。そういう聴き方に合った"音の付いた映像"を提供したから、K-POPは成功した」(元ソニー・ミュージック社長で韓国最大の芸能プロダクション、エスエム・エンタテインメント・ジャパンの特別顧問の丸山茂雄氏)。この点で、日本は立ち遅れているというのだ。
この10年でエンターテインメント産業の人材も育った
右の図の中の世界地図は、YouTubeのサイト上で公開されている、どの国のユーザーが映像を見ているかが分かるデータ。比べてみると、K-POPアーティストがうまく本国以外のユーザーの興味を引いていることが分かる。
一方、韓国のコンテンツ企業や政府は将来の業界を担う人材の育成にも注力していきた。1997年、アジアの通貨危機により、韓国はいわゆる"IMF危機"に陥った。株が暴落し、多くの企業が倒産する国家的な経済危機に直面し、韓国政府は財政再建と同時に、世界に勝つための経済政策として、IT産業や、文化事業の振興を選択した。
「その結果、2000年前後から、音楽や映像のプロを育てる大学や専門学校が数々、韓国内に設立された。その後の10年で、音楽、映像の専門教育を受けた人材が育ち、今の韓流ブームを現場で支えている」(韓国の音楽専門テレビ局、CJ E&M 日本支社のベ・ソンミン氏)。
東方神起や少女時代といったスターが所属するエスエム・エンタテインメントにおいて、日本で韓国アーティストが活躍する先駆的な例を作ったのはBoA。彼女が日本で最初のミリオンヒットを記録した2002年当時、彼女は日本に活動の場を置き、完璧な日本語を習得して成功した。それから約10年を経て、後輩の少女時代が、アルバム「GIRLS' GENERATION」でミリオンを達成(日本レコード協会発表)。韓国アーティストとしてはBoA以来の記録だ。
もっとも、少女時代は、日本に拠点を移していない。それでもヒットに導いたのが、YouTubeといったネット配信技術と、この10年で育った韓国の若いスタッフたちだった。今後、日本においても、海外で日本人アーティストが活躍できる体制を立て直す必要がある。ネット環境も音作りの技術も日本には整っている。必要なのは、過去のしがらみにとらわれず、今のファンのニーズを形にできる若い世代の人材育成だろう。
【韓国業界人に聞く K-POPの原動力とは】
映像で音楽は国境の外へ ネットを使って速さの勝負
2007年以降、韓国で過熱し、2010年に日本に飛び火したK-POPブームを支えてきたのが、韓国の音楽番組だ。日本やシンガポール、タイ、中国、米国、フランスなど、世界20カ国(視聴カバー人口19億人)に向けて音楽番組を放送しているCJ E&M。その日本支社で音楽事業を率いる、ベ・ソンミン部長にK-POPはなぜ、世界で受け入れられているのかを聞いた。
1997年、韓国はいわゆる"IMF危機"という国家的な経済危機に陥りました。そこで政府は、国の経済を再建するための国家戦略を立てたのですが、その一つの柱が、文化産業の振興だったんです。
国内各地の大学に、それまでには無かった、実用音楽科(コンテンポラリー音楽を教える専門学科)や映像学科がたくさんできまして、これらを教える専門学校もたくさん設立されました。その学生たちが今、韓国の音楽や映像の世界の第一線で活躍しているわけです。結果的に、経済危機で国が方針を絞ったことが、今のK-POPブーム、ドラマブームの下支えになったといえるかもしれませんね。
こうした時代背景以外に、K-POP自体が持っている音楽的な特徴も、ブームの広がりに大きな影響を与えていると思います。K-POPは、ダンスの魅力と、分かりやすいサビ、ノリの良さが重視されていて、歌詞で聴かせる歌ではありません。その結果、K-POPは、共通の言語を持たない、アジア、欧米の人々にも楽しんでもらえています。
音楽に言葉の壁はない
現在、当社製作の音楽番組は、世界20カ国で放送されており、字幕が無いライブ中継と、字幕が入った録画番組を放送していますが、視聴者の数はそれぞれ半々くらいで、変わりません。ネット時代ですから、ファンが求めているのは、何より情報の早さです。
日本のアニソンやビジュアル系バンドも海外で活動していますが、日本語で歌っていますよね。海外進出というと現地での言葉の壁が問題になりがちですが、エンタテインメントにおいては、それほど大きな障壁ではないと思います。
(日経エンタテインメント! 白倉資大)
[日経エンタテインメント!2012年9月号の記事を基に再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
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