子育て女性官僚の100%が「両立に不安」
霞が関の中央官庁といえば永田町と並ぶ日本の政治・行政の中心地。男性中心、残業を前提とした業務、長時間残業は当然で「偉いこと」とする価値観…。さまざまな意味で日本を象徴する場所でもある。そこで働く官僚たちの働き方も、ニッポン社会の縮図でもある。
前日夕刻に届く国会質問、官僚たちは夜を徹して答弁を作る
例えば国会の開会期間中、国会議員の質問に対して答弁を作成するのは、通常は中央官庁の官僚たちの仕事だ。大臣が当意即妙に答えるわけではない。
通常、国会議員からの質問内容が通告されるのは、質問日の前日夕刻。18時頃になることが多いという。各省庁で内容を確認し、担当者を割り振りするのが21時頃になる。そこから答弁案を作成、関係部局で協議、必要によっては他省庁や首相官邸とも調整し、答弁内容が固まるのは深夜0時。さらに資料を作成したり、印刷したりするなどして、答弁が完成するのは午前3時半頃になる。これでようやく担当者が退庁する。
これでもまだ終わりではない。3時間半後、当日の朝7時には答弁者へのレクチャーをしなくてはならないのだ。始発で帰宅、シャワーを浴びて着替えてすぐに登庁することも珍しくない。
国会開会期間以外でも、短期間での対応が求められる作業などに追われる。残業で終電近くになることはざらだ。これでは子育て中の職員にとても勤まる仕事ではない。
3%から30%へ 飛躍的に増える女性キャリア
霞が関で働く女性キャリア(事務系総合職)は年々着実に増えている。2012年の採用数のうち女性の占める比率は28.2%。まだまだ少ないものの、わずか3%だった1988年と比較すると約10倍と飛躍的に増えている。
現在、採用数のうち女性比率が2割を超えた世代が入省10年目を超えて、子育て期に入ってきた時期。今後、3割に達した世代が子育て時期に入ってくる時期だ。
子育て女性職員への「配慮」で対応するのはもはや限界
これまで子育て中の女性職員に対して、霞が関の各省庁は残業の少ないポストへ異動させる、あるいは周囲の職員が負担することによって、女性職員自身の残業はなくしたり、少なくするといった「配慮」によって対処してきた。しかし、女性職員が3割を超えて、さらに増えていく時代、「配慮」で対応するのはもはや限界だ。
実際、霞が関で働く女性職員たちはどのような働き方をしているのだろうか。
厚生労働省雇用均等政策課課長補佐の河村のり子さん、財務省関税局業務課課長補佐の中西佳子さんなど霞が関で働く女性有志が各省庁のおおむね入省10~20年目のキャリア女性123人を対象に実施した調査によると、一番下の子が3歳以下の場合は、半数以上が残業時間月20時間未満。7時、8時くらいには家に着くことが多いという。残業の少ないポストに配置したり、周囲が業務を引き受けるなど、「配慮」によってなんとか実現できている。
~霞が関のキャリア女性職員の残業時間~
2人の子どもを持つ河村さんも日中は必死に仕事をして、なんとか6時半くらいに仕事を切り上げ保育所にダッシュする日々だという。待機児童問題のあおりを受け、子どもたちは同じ保育所に入れなかったため、夫と手分けして迎えにいく。7時半頃に帰宅、走り回る子どもを追いかけ回して、食事を食べさせお風呂に入れる。寝かしつけたあとに残った仕事をこなしている。
めまぐるしく忙しい時間が流れていくが、それでもその時間は子どもと触れ合い、正面から向き合えるとても大切な時間でもある。
下の子が4歳になると激増する残業時間
子どもが3歳までは「配慮」によって、残業時間は比較的少なくすんでいるが、下の子が4歳以上になると、長時間労働が再び一般化してきてしまう。女性有志たちの調査によると、末子が4歳以上の女性職員の残業時間は7割近くが月40時間以上、80時間以上も1割近くに達する。仕事上の責任も増えるし、長期間第一線から外れていると貢献できないという不安も増す。役所側からすると「配慮」するためのポストも限られている。こういった状況のもとで、調査に回答した子どものいる女性職員すべて(100%)が仕事と家庭の両立について「困難や不安を感じたことがある」と回答、うち6割は「困難や不安を強く感じたことがある」と回答していた。
不安の原因、9割は「勤務時間外にも対応せざるを得ない業務」
仕事と子育ての両立に対する困難・不安の原因としては9割が「勤務時間外にも対応しなくてはならない業務があるため」と回答している。その内容として一番に挙げられたのが、先に取り上げた国会質疑対応、以下、政府部内のショートノーティス(締め切りまでの期間が短い)な作業依頼、幹部との打ち合わせが続く。
~仕事と子育ての両立に対する困難・不安の原因~
~勤務時間外に対応せざるを得ない業務の内容~
時間外勤務が困難な状況は子育てや介護を抱える職員に共通する問題
「2人出産した場合、第一子の出産から下の子が小学生になって、精神的にある程度自立するまで10年前後かかるのが一般的です。配慮可能なポストの不足や、周囲への過大な負担、女性職員のキャリア形成は大きな問題です。女性職員への配慮で対応するのはもはや限界。霞が関全体が男性を含めて働き方を見直し、変えていくことが必要です。残業を前提とした業務はできるだけ減らし、さらなる効率化を進めて、それでも勤務時間内に処理できない仕事は、テレワークで自宅で処理することがあたりまえに可能な職場にしていきたいです。時間外勤務が困難な状況は女性だけではなく、男女を問わず子育てや介護などを抱える職員に共通する問題です。また、休養を取ることによって、新しい発想も生まれ、結果として政策の質の向上にもつながります」(河村さん)
今回アクションを起こした女性官僚有志たちが出会ったのは、人事院主催の女性課長補佐クラスを対象とした女性管理職養成研修だった。省庁の壁を越えて横断的にこういった研修が実施されたのは初めてだったという。長時間労働、子育てと仕事の両立、キャリア形成…、他の省庁の女性職員も同じ悩みを抱えていることを知った河村さんたち有志は動き始めた。
勤務時間外の時間を活用して、調査やヒアリングを実施、どのようにすれば、働き方を変えていくことができるかを意見交換。具体的に実現するための、提言作りに取りかかった。
国会議員にも質問内容の通告の前倒しを要請
先に述べた国会の質問通告の問題では、小渕優子元少子化担当相とともに自民党の佐藤勉国会対策委員長と会い、質問内容通告を前々日の18時に前倒しするように依頼した。1日前倒しにして、前々日18時までの通告になると、前日12時までに担当を割り振り、前日18時半までに資料の作成や印刷も含めた答弁が完成するという。
これを受けて佐藤国対委員長は、自民党議員に前倒しの呼びかけを実施。少しずつではあるが、前倒しに協力してくれる議員も出てきたという。
さらに6月26日には加藤勝信内閣人事局長に、働き方改革実行に向けた提言を手渡した。提言の内容は、改革のためのPDCA体制確立、霞が関的価値観の変革、人事評価軸の転換、管理職研修の実施、テレワークの活用、子育て女性に対する雇用管理など10項目(以下を参照)。
すでに財務省など一部の省庁ではテレワークの導入、在宅業務の導入も始まっていたが、さらに各省庁で広がる気配も見え始めている。
周囲の配慮に対する感謝、組織への貢献の努力も忘れずに
「全体で進めるべき課題も数多くありますが、私たち自身が率先してやることで、職場環境を改善できることも多々あります。『隗より始める』18の事項と名付けましたが、これらを日々念頭におき、さらに仕事に対する責任感や周囲の配慮に対する感謝、女性特有のライフイベントの制約がないうちに様々な経験を積み、組織に貢献できるように努力するなど女性職員として心がけるべきことを意識しながら、仕事に臨みたいと考えています」(河村さん)
ワークライフバランスや働き方の改革で、すでに数歩先を行っている企業は珍しくない。それでも「ニッポン株式会社」の本丸、霞が関の働き方、価値観が変わることの影響は少なくない。日本の社会を変えるきっかけになるのか。今後も注目していきたい。
(日経DUAL 市川史樹)
[日経DUAL2014年7月8日掲載記事を基に再構成]
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