「誘拐」された女性が、結婚を受け入れる本当の理由キルギスの誘拐結婚(後編)

「もし子どもが女の子だったら、将来、誘拐結婚はさせたくない」

その日以降、私たちは夜中、みなが寝静まった後に二人で台所へ行き、辞書を片手に会話するようになった。大学ではロシア文学とトルコ語を学んでいる、都会のきれいなアパートに住むのが夢で、1年後にトルコのアンカラでコンピューター関係の仕事に就く予定だった……。2年ほど付き合っていたボーイフレンドもいたという。

それでもアフマットに誘拐され、結婚を受け入れた理由を尋ねると、ディナラはこう言った。

「アフマットのことはよく知らなかった。でもこれはキルギスの伝統だから、受け入れたの」

2012年の取材を終えて帰国する際、ディナラは「子どもができたら、出産するときにまたキルギスに来て、写真を撮ってほしい」と私に言った。2014年1月、私は再びキルギスを訪れた。ディナラが2月に出産すると聞いていたからだ。1年4カ月ぶりに再会したディナラはぐっと大人びて、臨月の大きなお腹をなでながら、少し恥ずかしそうな笑顔で私を迎えてくれた。

ディナラはこの時、産休中だったが、夫が勤める学校でロシア語の教師として働いていた。結婚当初は近所付き合いが大変だったというが、今では細かい礼儀作法を身につけ、そつなくこなしていた。その姿からは、嫁いだ村でずっと生きていくことを受け止め、思い描いていた未来は奪われても、必ずここで幸せになってみせるという覚悟すら感じた。

2014年2月8日、ディナラは第1子を出産した。元気な女の子だ。

2014年の取材中、ディナラはふと「いいパートナーにめぐり合って、その人と幸せな家庭を築いていくことが、女性の幸せだと思う」と言った。私にはその言葉が、自分に言い聞かせているように聞こえた。

出産前、子どもの性別を聞いていなかったディナラは、「もし子どもが女の子だったら、将来、誘拐結婚はさせたくない」と言っていた。娘をあやすディナラの表情からは、穏やかな日常を過ごしているように思えるが、彼女の中から、思い描いていた未来を奪われた悲しみは消えることがないのかもしれない。

母になったディナラは、一人の凛(りん)とした女性になった。誘拐という違法な手段での結婚ではあったが、ディナラの「物語」はそこで終わったわけではない。私が切り取ったのは、彼女の人生のほんの一部にすぎない。彼女の新しい生活は、まだ始まったばかりだ。

出会った女性たち一人ひとりの「物語」を、これからも見つづけていきたいと思う。

林 典子(はやし・のりこ)
1983年生まれ。フォトジャーナリスト。大学在学中に、西アフリカ・ガンビアの地元新聞社、ザ・ポイント紙で写真を撮りはじめる。「ニュースにならない人々の物語」を国内外で取材。ナショナル ジオグラフィック日本版で、2012年9月号「失われたロマの町」、2013年7月号「キルギス 誘拐婚の現実」を発表。キルギスの誘拐結婚の写真は世界的に広く注目され、フランスの報道写真祭の特集部門で最高賞、全米報道写真家協会フォトジャーナリズム大賞の現代社会問題組写真部門で1位を受賞。その他、米ワシントン・ポスト紙、独デア・シュピーゲル誌、仏ル・モンド紙、デイズ・ジャパン誌、米ニューズウィーク、マリ・クレール誌(英国版、ロシア版)など、数々のメディアで作品を発表。著書に、『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳 ―― いま、この世界の片隅で』(岩波書店)。

[日経ナショナル ジオグラフィック社『キルギスの誘拐結婚』を基に再構成]

[参考]『キルギスの誘拐結婚』――若い男が女性を連れ去り、男の親族が総出で説得して結婚させる「誘拐結婚」。中央アジアのキルギスで行われている衝撃の「慣習」を、世界規模の報道写真祭で最高賞を受賞した写真や追加取材の写真、計76点でつづる。フォトジャーナリスト林典子、待望の初写真集。「単なる告発やニュースに終わらないドキュメンタリー」として、より多面的に深く、誘拐結婚の実態を伝えています。

キルギスの誘拐結婚

著者:林 典子
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
価格:2,808円(税込み)

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