レゲエの国ジャマイカの「スイートポテト」
世界のおやつ探検隊
語学を学ぶのが苦手だと思っている読者がいたら、そう断じるのはまだ早い。単に、向いている言語に出会ってないだけかもしれないからだ。世界を見渡すと、意外な場所の意外な言語が、日本語とそっくりだったりする。そのことを教えてくれたのが、東京・原宿のジャマイカ料理のレストラン「ジャムロック カフェ アンド レストラン」のオーナーシェフ、イボンヌ・ゴールドソンさんだ。
カリブ海に浮かぶ島国、ジャマイカの公用語は英語だが、くだけた日用語として現地の人々が使うのは英語系パトワ語(以下パトワ、パトワとはある地域において、公用語や共通語などに対する方言のこと)。「アメリカ人がパトワを発音するとおかしなことになるけど、日本人が発音するとまるでネイティブみたいなのよ」と言う。例えば、「"バカ"(後ろの意味)という言葉もあるんだけど、日本語のそれと発音はまるで一緒なの」と笑う。
今年で来日17年目を迎えるという、そのイボンヌさんが教えてくれたジャマイカのお菓子が「スイートポテト・ポーン」だ。
ポーンとは、パトワでプディング(ケーキの一種)のこと。ジャマイカは長らく英領だったからか、スイートポテト・ポーンは蒸しケーキであるイギリスのクリスマスプディングに似たしっとりとしたケーキらしい。もっとも、彼女のお祖母さんはオーブンで焼く際に水を張ったトレイをケーキの型を置いた段の下に入れ蒸し焼きにしていたが、水を張らず焼く場合も多いようだ。
ちなみに、ジャマイカでもクリスマスにはラム酒をたっぷり使ったイギリスのクリスマスプディングに似たケーキを食べるそう。「子どもの頃は、クリスマスプディングがすごく楽しみだったわね」とイボンヌさん。プディングにはラム酒に漬けた様々なドライフルーツを入れるのだが、これは、漬けてから1年ほど寝かせるのがよいとされている。そのため、クリスマスプディング作る際には、次の年の仕込みも一緒にするのだそうだ。
さて、スイートポテト・ポーンは、おろしたサツマイモ、ココナッツミルク、小麦粉、砂糖やナツメグ、シナモンといったスパイスなどを混ぜて焼いたケーキで、ジャマイカで最もポピュラーなお菓子のひとつだという。
早速いただいてみると、ジャマイカ版スイートポテトという風情で、日本のスイートポテトよりあっさりしているけれど、ココナッツやスパイスの風味が合わさり、異国風の味わいで美味しい。
スイートポテト・ポーンに使うサツマイモ(薩摩芋)はその名前から、日本で古い歴史を持つ野菜のようだが、実は、これが中国経由で日本にやってきたのは1600年頃。原産地は、メキシコを中心とする熱帯アメリカ(北回帰線と南回帰線の間の南北アメリカ大陸の地域)なのだ。つまり、スイートポテト・ポーンとは、ジャマイカの様々な歴史を内包したお菓子というわけ。
ちなみに、ジャマイカのサツマイモは日本と少し違って、より甘味が強く調理前は灰がかった緑色をしているらしい。
「デザートで食べるお菓子というより、食事と食事の間に食べるスナックのようなものね。ジャマイカでは、こうしたお菓子は家庭で手作りするから、食べたいときに作ってすぐ食べるのよ」と言う。
もう一つ、ジャマイカの超定番スイーツを教えてもらった。「グレープナッツ・アイスクリーム」だ。イボンヌさんは、1960年代の終わりにジャマイカからアメリカに移住した。「だから、最近のことは知らないけど、60年代には、ジャマイカで一番人気のアイスといったらこれだったわね」と言う。
実はイボンヌさん。2010年に自分のレストランをオープンするにあたってこのアイスクリームをメニューに加えようと決めるまで、「グレープナッツ」がなんであるかを知らなかったのだと言う。「日本に来る前は、ロサンゼルスやニューヨークに住んでいたのだけど、グレープナッツ・アイスを食べたいと思ったら、ジャマイカ料理の店で出来合いのものが買えたからね」
自分で作ろうと思いレシピを調べて驚いた。実はこのアイスクリームの名前にある「グレープナッツ」とは、19世紀の終わりに開発されたというアメリカのシリアルの名前だったからだ。シリアルを見せてもらうと、細かい粒状で、食べるとカリカリとかなり歯ごたえがある。
バニラアイスにこのシリアルを混ぜた作りたてのグレープナッツ・アイスをいただいてみると、カリカリのシリアルの食感が手作りアイスのクリーミーさを引き立てていて、美味しい。
自分の子どもたちが小さいときは、家でもよくバニラやチョコの手作りアイスを作ったというイボンヌさん。手作りにこだわるのは、ジャマイカ料理の決め手は「フレッシュさ」にあると感じているから。
「昔は冷蔵庫がない家が多かったから、材料は、野菜でも肉でも作るその日にフレッシュなものを仕入れて調理したものよ。味が全然違うから、今でも私は肉でもなんでも調理前の食材を冷凍することはないの」と言う。
そして、「ジャマイカの人は、家の前には花を、裏庭には好きなフルーツの木を育てているの」とつけ加える。現在、イボンヌさんは母国にも家を構えているが、その家にも、マンゴーやサワーソップ(トゲバンレイシ)、プランテーン(調理用バナナ)の木などが植わっている。ジャマイカではコーヒーではなく、ハーブティーが定番飲み物だそうだが、乾燥茶葉だけでなく、家の庭からペパーミントやライムなどの葉を摘んで、お茶をいれたりするそうだ。
一方、「これもジャマイカではとてもポピュラーな飲み物よ」と出してくれたのは、「ジンジャー・ビール」。ビールという名前が付いているが、アルコールも炭酸も入っていない。おろしたショウガを入れたジンジャージュースだ。「市販のものには炭酸が入っていたりするけど、手作りのジンジャー・ビールには炭酸は入れないわね」。 「ビール」だけれど、子どもにも人気の飲み物なのだ。
ピリリとしたショウガの味がするジンジャー・ビールは、どこか和風な味わいにも感じる。こんなところでも、地球の裏側のカリブ海の国と日本がつながっているような気がします。
ジャムロック カフェ アンド レストラン
東京都渋谷区神宮前1-21-15 ATMビル4F
電話:03-3478-2364 ホームページ:http://www.jamrockcafeonline.com
[Webナショジオ2013年5月24日掲載]
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