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東京ふしぎ探検隊

プロ野球・巨人とTDL、ルーツは京成の遊園地

2013/5/3

■谷津遊園はプロ野球・巨人発祥の地だった

谷津公園内にある「読売巨人軍発祥の地」の石碑。手前には有名選手のサインや手形が並んでいる

実は、谷津遊園はプロ野球、巨人を生んだ場所でもある。どういうことか。谷津公園の中に説明板があった。

1934年(昭和9年)、正力松太郎が全米選抜チームを招へいした。ベーブ・ルースやルー・ゲーリックらを迎え撃つために東京六大学の選手を中心に全日本チームを結成し、谷津遊園内に急きょ整備した谷津球場で練習したという。当時17歳だった沢村栄治も参加したらしい。

このときのチームが母体となって同年、プロ球団「大日本東京野球倶楽部」が誕生する。京成電鉄はその筆頭株主となった。2年後には東京巨人軍と改称。以来、巨人軍として親しまれている。

谷津公園には現在、「読売巨人軍発祥の地」と書かれた記念碑がある。そのそばには王貞治、長嶋茂雄、川上哲治ら有名選手のサインや手形がずらりと並んでいた。

■谷津遊園の従業員、多くはTDLのキャストに

谷津遊園の全景。海辺の遊園地だった(京成電鉄提供)

谷津遊園は戦時中、一時休園となったものの、戦後になると新しいアトラクションを次々と取り入れ人気を博した。しかし、黒字経営にもかかわらず、1982年(昭和57年)に閉園してしまう。なぜか。そこには京成の経営問題と、東京ディズニーランドの存在があった。

閉園を伝える1982年12月21日付の日本経済新聞によると、当時、京成電鉄は多額の借入金を抱えていた。そこで目を付けたのが住宅地として有望な谷津遊園の土地。日本住宅公団(現・都市再生機構)への売却が検討された。

ちょうどそのころ、京成電鉄は三井不動産とオリエンタルランドを設立し、東京ディズニーランドの開業を目指していた。近隣に2つの遊園地は不要――。谷津遊園の閉園はそんな事情も影響したようだ。実際、谷津遊園の従業員は多くがオリエンタルランドに移籍し、TDLのキャストとなった。

■日本初の宙返りコースター、今も北海道で活躍

谷津遊園閉園後、名物アトラクション「コークスクリュー」は北海道のルスツリゾートに移設された(加森観光提供)

ちなみに、目玉施設だった「コークスクリュー」は、現在も活躍している。場所はなんと北海道。ニセコの近くにある北海道留寿都村のルスツリゾートに移設されたらしい。ルスツリゾートを運営する加森観光(札幌市)によると、園内にある「八大コースター」の一つとして人気を集めているという。

谷津遊園では最新式の絶叫マシンだったコークスクリューも、加森観光が付けた絶叫度は5段階のうち3。「コースター初心者にもおすすめ」なアトラクションだとか。時代は移り変わる。

谷津遊園のもう一つの目玉だったバラ園は現在、習志野市が管理しており、シーズンには多くの愛好家が集まる。近くにある干潟は国有地となり、1993年(平成5年)には貴重な湿地を保護するラムサール条約の登録地に認定された。

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