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東京ふしぎ探検隊

プロ野球・巨人とTDL、ルーツは京成の遊園地

2013/5/3

谷津遊園のアトラクション「コークスクリュー」は日本初の宙返りコースターだった(京成電鉄提供)

大型連休を迎え、各地の遊園地はにぎわいを見せている。首都圏にはかつて、鉄道会社が運営する遊園地があちこちにあった。東京ディズニーランド(TDL)とプロ野球・巨人に縁が深い千葉の谷津遊園。名前がころころ変わった東京急行電鉄の二子玉川園。京王電鉄が手掛けた「よい子の楽園」京王遊園など、私鉄系遊園地の歴史と現在を探った。

■千葉・習志野の谷津遊園、今は公園と住宅地に

京成上野駅から京成本線に乗り、40分ほど揺られると千葉県習志野市の谷津(やつ)駅に着く。改札を出て商店街を抜け、高速道路の高架をまたげば谷津公園だ。

公園の背後には高層マンションがそびえ立つ。京成電鉄がかつて運営していた遊園地、谷津遊園は、この一帯に広がっていた。

谷津遊園といえばジェットコースターが有名だった。1977年(昭和52年)に導入した「コークスクリュー」は、日本初の宙返りコースターだ。大きく2回転する迫力が受け、全国から集客したという。

1958年(昭和33年)登場の「海上ジェットコースター」も人気を集めた。「僕たちの大好きな遊園地」(洋泉社)によると、全長670メートルのうち海上部分が170メートルを占める、海辺の遊園地ならではのアトラクションだった。休日には長蛇の列ができ、時には3時間も待つことがあったという。

■京成電鉄、遊園地を集客の切り札に

谷津遊園は1925年(大正14年)に開園した。京成の社史「京成電鉄55年史」によると、当時、同社の経営は厳しく、打開策として遊園地による観光客の誘致を狙ったという。社史はこう記す。

「座してジリ貧の道を歩むより、果敢に戦って乗り切る道を選んだ」

塩田を埋め立て、「関東一の臨海遊園地」を目指した。社史によると、開園当初は海水プールや釣り堀、潮干狩り、ラジウム温泉などが目玉だったようだ。

ちなみに、谷津駅は開業当初は谷津海岸という駅名で、後に谷津遊園駅と改称。遊園地閉鎖後に谷津駅となる。

谷津遊園跡地にできた谷津公園。左奥にはマンションが見える

白土貞夫「谷津遊園をめぐる鉄道」(鉄道ピクトリアル2007年3月臨時増刊号)によると、開業当初、駅から遊園地までは直通の道がなく不便だったことから、1927年(昭和2年)、京成は遊園地前に谷津遊園地駅を新設した。谷津海岸駅の隣に花輪駅を設置し、そこからわずか1.2キロの支線を延ばしたという。同社の遊園地経営にかける思いが伝わってくる。

しかし支線が開業してすぐに遊園地までの道路が完成し、支線利用者は激減。1931年(昭和6年)には支線は営業をやめ、3年後に廃線となった。花輪駅はその後、船橋競馬場前駅と改称。近くに船橋ヘルスセンターができるとセンター競馬場前駅となった。ヘルスセンター閉鎖後、現在の船橋競馬場駅となる。

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