管理職への自信と覚悟、女性同士で研鑽
「女性向けリーダー研修」ルポ
5月中旬、新緑がまぶしい神奈川県湯河原町。午前10時半、損保ジャパンの研修センターを訪ねた。女性リーダーを育てるためのセミナーは、2泊3日にわたってみっちりプログラムが組まれている。3日目のこの日は午前9時からスタートし、すでに午前のプログラムの中盤だ。会議室に集まっているのは課長や担当課長ら19人。ピンと張り詰めた空気から緊張感が伝わってくる。
課題はケーススタディーで、売り場をリニューアルする百貨店が舞台。課長と部下Aのチームに、他部署から部下Bがやって来る。様々な問題が放置され、課長はBを重用する。Aはやる気をなくし、やがて会社に来なくなる――という設定だ。
参加者は3つのグループに分かれ、現状を分析する。「売り場のリニューアルコンセプトの変更を課長が一人で決めたのは問題」「確かにこれは問題ですね。部下と話さなくてよかったのか?」
テキストに沿って、Aがやる気をなくした過程を話し合う。課題を洗い出してはホワイトボードに書き出す。「課長はAの不安のサインを見逃した」。次々と課長への「ダメ出し」が入る。同じような経験をしたことがある人なら、かなり耳が痛いだろう。「課長はプレーヤー業務に徹している。チームを活用しようとしていなかった」。容赦なく問題点を挙げていく。
時間いっぱいになり、今度は、一番の問題点は何かを考え始める。「リニューアルの目的が周知徹底されていない」。このポイントに行き着いたところで、昼休みとなった。場の空気が緩み、参加者に安堵が広がる。優秀な女性たちが一切手を抜かず研修に向き合う様子に、記者もたじたじだった。居眠りが許される隙もない、密度の濃い討論だった。
損保ジャパンは昨年、この研修を開始した。選抜されたメンバーが年6回参加する。同社は16年4月までに女性管理職の比率を現在の4%弱から10%強に引き上げる目標を掲げている。この研修も、女性リーダー候補に自信と覚悟を身につけてもらうのが狙いだ。
同社はこれまで男女を問わず管理職研修を実施してきた。しかし、内容は部下の評価方法や労務管理にとどまり「マネジメントの原理原則は教えていませんでした」とダイバーシティ推進グループリーダーの藤中麻里子さん。男性は人数が多いため、自分に似たタイプの上司を見つけ、自分に合うマネジメントのノウハウを学びやすい。だが女性は事情が異なる。「調査するとロールモデルがいない、管理職になる自信がない、という声が女性にあることが分かりました」(藤中さん)
研修の参加者で、関連会社に出向中の川嶋由香さん(44)も悩みを抱える1人。4月に管理職になったばかりだ。「職場には女性管理者の下で働いたことがなかった男性が多い。部下は戸惑いがあるでしょう」と話す。こうした女性の背中を押すために、女性向けに踏み込んだ内容の研修が始まった。川嶋さんは「自身の行動を振り返りながら解を導くことができました」と満足そうだ。
記者が次に向かったのは、明治大学駿河台キャンパス(東京・千代田)近くのビル。研修サービスのインソース(同)が実施する「女性リーダーキャリアアップ研修」を取材した。1人から参加できる公開講座のため、メーカーやITサービス、医療機関など様々な業種から管理職候補ら9人が参加。受講生は4人と5人の2つのグループに分けられていた。
お互い初対面ということもあり、会話は少なく、緊張のためかこわばった表情をしている。しかし午前10時に研修が始まると、会場の雰囲気が一変した。
研修は、受講生同士が話し合うグループディスカッションが中心。講師の石川端真さんがグループごとに自己紹介するよう促すと、会場は話し声であふれた。石川さんからは、名前や研修への意気込みのほか、今日の気分を天気図に例えて、との指示も。「早起きしてあまり寝ていないので、自分の今日の天気図は曇りです」「私は先週末に会社で問題が発生したのでスコール状態」。自己紹介が終わっても、石川さんが止めるまで受講生の話し声や笑い声が絶えなかった。
研修の内容は、求められるリーダー像や自己理解の方法など、性別を問わない他のリーダー研修とさほど変わらない。ただグループディスカッションでは、自身の経験や課題などを打ち明ける受講生が目立つ。特に「リーダー候補としての悩みや不安」がテーマのときは、「女性の部下に強く言うと関係がぎすぎすしちゃうんですよ」「あー、分かる」などと盛り上がった。
その後、受講生同士が仕事と育児の両立などについて疑問を投げかけたり、持論を展開した。
インソース企画開発部の松岡三鈴さんは、研修を女性限定としている理由をこう解説する。「女性は気になっているポイントが男性と違います。男女が参加するリーダー研修では、どうしても女性が少数派になり埋もれてしまいます。女性同士なら、そのポイントを共有でき、目指すリーダー像を固められます」
そもそも男性が多い研修では、受講生同士のやりとりがなかなか盛り上がらないケースが多い。照れくさいと感じたり、何を話せばいいか考え込んだりするためだろう。しかし、インソースの女性限定研修では休憩中に身の上話に花を咲かせる受講生もいて、男女の違いを実感させられた。
この傾向は、りそな総合研究所が東京都江東区で開いた「女性リーダーのためのリーダーシップと指導力強化研修」でも見られた。
研修には小売りや不動産などの業界から管理職候補を中心とする21人が参加。「パソコンのキーボードをたたきながら相づちを打っていると、話し相手は不愉快に感じます」。講師を務めるコンサルタントの藤野祐美さんが部下との会話の仕方の注意点を指摘すると、受講生は納得した表情で「あー」と声を上げた。
朝から夕方まで詰まったプログラムの中で受講生の関心が高かったのは、こうしたコミュニケーション方法。「上司とのやりとり」「部下・後輩をやる気にさせる方法」「褒め方と叱り方」など熱心に聞き入っていた。
ところが、受講生同士で話し合う場面になると雰囲気が一変。ペアを組んで互いの話を傾聴する練習では、会場内が騒然となり、近づかないと誰が何を話しているのかまったく聞き取れない状態に。女性の底力のようなものを実感した。
受講したITサービスの課長代理(55)は「会社には女性上司がいないのでとても参考になりました。部下の話を聞く重要性は知っていましたが、これまでの自分のやり方はよくないことが分かりました。明日から気をつけます」と充実した表情。インフラ関連サービスの主任(52)も「明日から使えるノウハウを学べました」と笑顔で会場を後にした。
研修内容は男女関係なく参考になるものだが、女性同士で学ぶことにより「課題を抱えるのは自分だけでない」と安心でき、前向きに仕事に取り組めるようになる効果があると感じた。マイクロソフト日本法人の営業部長などを務めたキャリアアドバイザーの田島弓子さんは「管理職は自分が結果を出すことではなく、率いている組織が結果を出すことで評価されます。だから管理職の仕事は、部下が成果を上げるまで待つこと。我慢できる上司になってほしい」とリーダー候補の女性たちにエールを送る。
(黒井将人、天野由輝子)
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