万城目学、最新作 実体験とフィクション融合
作家生活10周年で発表
デビュー作『鴨川ホルモー』にはじまり、『鹿男あをによし』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』と、ポップながらも謎めいたタイトルが特徴的な万城目学。若者の日常に不可思議な現象が紛れ込んでくる作風も独特で、"万城目ワールド"として熱狂的に支持されるようになった。
「かつてないほどの、どファンタジーです。現実的な面とファンタジーの部分の振れ幅が、今までで一番大きくなるように意識しました」と、万城目は笑う。その言葉通り、前半部分は管理人をしながら小説家を目指す主人公の生活が事細かに描かれていく。「メーターを検針して集金に回る様子や水質検査員が訪問してくる話、カラスとゴミの問題など、管理人業務の部分はほとんど実体験に基づいています」
小説家を目指して上京した万城目が親類の営む雑居ビルで管理人をしながら執筆活動を続けていたことは、これまでも公言されてきた。
「もともと第1章にあたる部分は、デビュー3年目ぐらいに"雑居ビル物語"みたいな現実的な小説として書き下ろしたものだったんですよね。長編の第1章にできるようにと意識していた部分もあったのですが、改めて読み返すと『ああ、こんな風だったよな』とか思い出して。今の自分には書けないリアルさもあります」。だが、いざ長編へと発展させる段で現実的な展開に限界を感じてしまったと振り返る。
「日常の範囲で展開を考えていたら、モチベーションが上がらないというか、長編が書ける気がしないというか。改めて第1話を読んで『これは何の話なのかな』と突き詰めていきました」
第3章の終わりで、主人公はいきなり異世界に放り込まれる。「終わりのシーンはイメージできていたのですが、そこにたどり着くまでにどのように世界が広がって物語としてのつじつまがあっていくのか、自分でも分からないままに書き続けました」と、ファンタジー部分の執筆にかつてない苦労を覚えた心情を吐露する。「書き終えると"これしかなかった"という道筋に見えますが、将棋を指すように何手か進めては戻るということを繰り返していました」
だが物語の終わらせ方に強いこだわりを持つ万城目らしく、圧倒的な加速度をもって印象的なラストに向けて収束していく。現実と圧倒的なファンタジーを融合させた作品を10周年の節目に発表したことは今後に影響を与えるのだろうか。
「基本的には数年前に考えたネタを今書いている感じなのであまり影響はしないかと思います。今後も現代ものや歴史ものを書いていく予定です」。すでに数年後までの執筆プランが明確に見えている。この安定感で作家生活15周年、20周年を迎えていくのだろう。
(「日経エンタテインメント!」4月号の記事を再構成。敬称略、文・土田みき 高宮哲 写真・鈴木芳果)
[日経MJ2016年4月22日付]
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