東京五輪へ観光振興、"伝説の映画"リメークで
編集委員 小林明
東京五輪後、高度経済成長の真っただ中の日本を舞台にしたインド映画があったのをご存じだろうか?
1966年に公開された「Love in Tokyo」――。
高速道路、モノレール、羽田空港、国立競技場、銀座、船橋ヘルスセンター……。1964年にアジア初の五輪を開催し、敗戦から復興した「先進国日本」の発展ぶりをアジア人の視点から描いたユニークな作品。挿入歌とともに映画大国インドで大ヒットし、「日本を題材にした最も知名度が高いインド映画」(映画関係者)になった。
東京五輪効果を再び、インド"伝説の名画"のリメーク構想が浮上
このリメーク版を制作しようという構想が日印間で動き出している。
このほど松竹がインドの版権管理会社から「Love in Tokyo」のリメーク権を取得し、インドの人気映画監督と日本でロケ撮影をする方向で準備を進めている。2020年に開催される2回目の東京五輪をにらんだ「クールジャパン」戦略だ。
半世紀の時空を超えて、"伝説の名画"がよみがえるのか?
日本への映画ロケ誘致の最前線を紹介しよう。
名所がズラリ、アジアのリーダー日本の姿を紹介
まず「Love in Tokyo」がどんな映画だったのかを振り返っておこう。
舞台は五輪を開催した後の東京。東京に住んでいるおいっ子をインドに連れ戻しに来たアショカ(男性)とインド人舞踏家アシャ(女性)のラブコメディー。日本の観光名所や話題の場所が随所に登場するのが特徴だ。インド映画としてほぼ全般を日本で撮影したのは「Love in Tokyo」が初めてだという。
パリのエッフェル塔よりも高い東京タワー、東京五輪を契機に整備が進む首都高速道路や羽田空港に接続するモノレール、地下鉄、東京駅、上野駅、小田急電鉄のロマンスカー、国立競技場、百貨店、歌舞伎座、ボーリング場、ビアガーデンなども紹介。レジャー施設として知られた「船橋ヘルスセンター」の遊園地も登場する。
「さよなら」がインドに浸透、日本のイメージ向上に貢献
インド映画らしく軽快な音楽や踊りを盛り込みながら、ヘリによる空撮も交えたダイナミックな映像が楽しめるという内容。「アジアのリーダー」として日本が国際社会に晴れて復帰し、経済復興を堂々と遂げている様子が生き生きと描かれている。
さらに挿入歌の「Sayonara Sayonara」も大ヒットし、日本語の「さよなら」という言葉がインドに浸透するきっかけになった。一定の年齢以上の映画ファンには極めて知名度が高く、日本の典型的なイメージとして、現地のメディアなどで同映画や挿入歌が繰り返し使われている。
日本を舞台にしたワケ、五輪・復興・高度成長・憧れと親しみ……
そもそも、なぜ1960年代にこうした映画が作られたのだろうか?
映画を撮影したのはインド映画界の重鎮、プラモッド・チャクラボルティ(Pramod Chakravorty)監督。
2004年にすでに亡くなってしまったが、映画の版権管理会社を取り仕切る孫のプラティーク・チャクラボルティ(Prateek Chakravorty)さんによると、「日本に文通相手がいたため、知人とともに来日したことから日本への興味が芽生え、映画の着想が生まれた」と説明する。
五輪を転機に近代化と国際化が飛躍的に進んだ日本。こうした国際的な関心の高まりを踏まえて、経済発展する日本を映画のロケ地に選んだのだろう。さらにインドは伝統的な親日国。同じアジア人として日本への憧れや親しみの感情もあったと指摘する声もある。
「インド映画が本格的に海外ロケをするようになる先駆けになった作品だ」とインド・ムンバイの映画関係者は話す。
「OO7」→東京、「ブラック・レイン」→大阪、大きな宣伝効果
ちなみに日本を舞台にした007シリーズ「007は二度死ぬ」(ショーン・コネリー、丹波哲郎、浜美枝が出演)が公開されたのは1967年。「Love in Tokyo」が公開された翌年のことだ。「007は二度死ぬ」でも、同じように東京タワー、地下鉄丸ノ内線、ホテルニューオータニ、国技館、銀座など「先進国日本」を印象付ける施設や建物が登場する。
やはり、これも五輪効果のひとつだと考えることができる。
過去を振り返ると、マイケル・ダグラス、高倉健、松田優作が出演した「ブラック・レイン」では大阪、ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」では東京が舞台になり、海外での知名度向上に一役買った。映画を通じた宣伝効果は想像以上に大きいのだ。
外国人観光客の増加に弾み、インバウンド消費にも期待
インドは年間の映画制作本数が1966本、観客動員数が19億人で2位の米国(映画制作本数707本、観客動員数12億7千万人)を大きく上回って世界1位。「スカイツリー、レインボーブリッジ、六本木ヒルズ、国立新美術館、渋谷スクランブル交差点、秋葉原電気街……。現代の象徴する場所はたくさんある。日本の現代と伝統を効果的に紹介する映画にしたい」(松竹・グローバル戦略開発室)と青写真を描く。
世界的にヒットすればインドだけでなく、海外からの観光客誘致に弾みがつく。インバウンド消費も含めた大きな経済効果も期待できる。
松竹はすでに「ラブストーリーの名手」として評価の高いインド屈指の人気映画監督、イムティアズ・アリ(Imtiaz Ali)さんと交渉しており、資金面や配給体制が整えば、「Love in Tokyo」のリメーク版の制作をアリさんが総指揮する意向だという。早ければ、今年末には撮影を開始し、2017年の公開を目指している。
東京・神奈川に協力打診、スポンサー集め・配給の準備も
リメーク版はどんな映画になるのだろうか?
映画の筋書きについて、アリさんは「まだ構想段階」と前置きしたうえで、「文化や言語の壁があるインド人男性と日本人女性のラブストーリーがおもしろいのではないかと考えている。日本ロケは前作の『タマーシャ』で1度経験しているので撮影に問題はない。具体的なイメージがどんどん膨らんでいる」と話す。
松竹は日本政府や舛添要一・東京都知事、黒岩祐治・神奈川県知事らに協力を働きかけているほか、今後、博報堂を通じて国内企業などを対象にスポンサー集めにも着手したい方針。またインドでの映画公開のため、現地の大手配給会社との協議も進める予定だという。
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