直木賞作家、天童荒太が3・11テーマに最新作
大人の愛で生の尊さ描く 弱まる絆に危機感強く
ミリオンセラーとなった『永遠の仔』では児童養護施設で育てられた被虐待児の葛藤と成長を、直木賞受賞作『悼む人』では事件や事故の被害者を悼むために全国を行脚する青年を描いた天童荒太。生きる苦しみと対峙する人々の物語を丁寧にすくいとってきた。最新作『ムーンナイト・ダイバー』は震災で故郷や肉親を失った41歳のダイバーが主人公。他人の遺品回収という作業を通じて、自身の被災体験や生きざまと改めて向き合う。
「東日本大震災を経て、人々の間には"絆"やある種の共生感覚が、確かに生まれました。それが半年たち1年たちするうちに、次第に消滅していった気がします」
自ら被災地を訪れている天童は、穏やかながらも揺るぎない意志を感じさせる口調で、執筆の動機を語り始めた。「震災以前にも増して競争が激しくなっていて、被災地以外の人々は震災自体がさもなかったかのように振る舞うようになっています。『本当にこれでいいのか?』という思いが沸々と、こみあげるようになったんです」
それが、2014年の年明けだった。「日本人の作家として、真正面から、3.11の問題に取り組むべきじゃないかという使命感のようなものを覚えました」
準備期間を経て、依頼されていた短編用に書き始めたところ、思いがけないほどに筆が進んだ。「"書けてしまう"という、初めての経験をしました。どんどんどんどん書けてしまって、止まらなくなって。何かに背中を押されるような感覚もありました」
「震災に関してはテレビのドキュメンタリーなどにも優れた作品が多くあります。空や陸からの光景はカメラで撮影できるので、それらにできない表現とは何かを考えました。そして、放射能に汚染された海の中から被災地を見るのは小説でしかできないのではないかと思い当たったのです」
昼間はダイビングショップでインストラクターを務める主人公は、条件の整った夜にだけ被災地の海に潜って遺品を回収する。水深7~8メートルの海底に沈んでいるのは、家屋や自動車、家電や家財道具、小物……。主人公が海中で目にするものは、深い情感をともなって読者に伝わってくる。そして、潜るようになったことで主人公が感じるようになった強い性欲も。
「海に潜ることが人の心に潜ることにつながるイメージは、書く前から抱いていました。潜っていけば何かがあると思っていたのですが、書いているうちに見つけたのは"大人の愛"でした。小説やドラマは、平凡な性愛を描くことから背中を向けていたような気がします。40歳を過ぎた人間にとっての性愛を、生きていくことの尊さと結び付けられて描けたのは、新たな発見であり喜びでした」
突き動かされるように完成させた小説で、かつてない表現に出会った天童。「小説は人が生き続けるための糧となったりささやかな灯となったりしなければ、意味がないと思います」と語る小説家の思いは、今後はどのような形で表現されていくのだろうか。
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『ムーンナイト・ダイバー』
亡き父の親友とタッグを組んで、非合法のアルバイトで立ち入り禁止区域の深夜の海に潜る瀬奈舟作。ある人物が主催する秘密の会の依頼に応じて、震災で海に沈んだままの遺品を回収しているのだ。会のメンバーとは接点を持たない約束が交わされていたはずなのに、ある日メンバーらしき女性が舟作に声をかけてきて……。(文藝春秋/税別1500円)
(「日経エンタテインメント!」3月号の記事を再構成。敬称略、文・土田みき/写真・鈴木芳果)
[日経MJ2016年3月11日付]
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