展覧会・関連書… 半世紀経て劇画の濃密描写に光
大人の鑑賞に堪える物語とリアルな描写で一時代を築いた「劇画」。1950~70年代のブームから半世紀を経て、展覧会の開催や関連書の刊行など再評価の動きが相次いでいる。
不確かな未来を信じて生きる「同棲(どうせい)時代」の飛鳥今日子。女子監獄内で生まれた女刺客「修羅雪姫」こと鹿島雪。波乱の昭和を背景に激情と愛欲の生涯を送った「しなの川」の高野雪絵――。妖艶でいわくありげな女たちの絵がずらりと並ぶ。東京・根津の弥生美術館で開催中の「わが青春の『同棲時代』 上村一夫×美女解体新書」展(27日まで)の一コマだ。
人間味、掘り下げ
女性を主人公に渦巻く情念や静かな狂気の物語を叙情豊かに描き出し、劇画に一時代を築いた上村の没後30年を記念する回顧展。初公開の原画など約500点の資料を通し、45歳で急逝した作家の全貌を紹介する。会場には往年のファンから若者まで幅広い観客がつめかけていた。
「出口のない重苦しい昭和の空気感を女性に託して巧みに描いた作家。そのヒロインたちに焦点を当てることで作品の本質が伝えられると考えた」と松本品子学芸員。「今の漫画では重くなりすぎてここまで人間を掘り下げて描けない。そういう劇画の面白さを若い世代にどんどん浸透させたい」と話す。
出版界では近年、劇画関連の作品集や入門書などの企画が相次いでいる。50年代に自作に初めて「劇画」という言葉を使ってブームに火を付けた辰巳ヨシヒロの自伝的作品「劇画漂流」(講談社)や名作選「TATSUMI」(青林工芸舎)の刊行。「戦記もの」など大人向けを含む決定版「水木しげる漫画大全集」(講談社)第2期全35巻の刊行開始。劇画草創期を支えた辰巳も水木も昨年鬼籍に入った。
また「ねじ式」「紅い花」など記憶に焼き付く濃密な画面で一世を風靡した作家のビジュアル入門書「つげ義春 夢と旅の世界」(新潮社)、人気作品の世代別ランキングや劇画史を追った「この劇画が凄(すご)い! 劇画スーパースター烈伝」(日本文芸社)といった力の入る企画も目立つ。
玄光社は3月、「プロのマンガテクニック」シリーズの刊行を開始した。第1弾は「池上遼一 ワイルド&ビューティーの描き方」、第2弾は「平田弘史 超絶サムライ画の描き方」。いずれも劇画時代に登場し、今なお現役で活躍する人気作家を起用した。同社企画編集部の切明浩志氏は「大人が読むに堪える、リアルと漫画の間の表現を模索した劇画の作家は、絵に気持ちを乗せるのが非常にうまい。気構えやテクニックは今の若い描き手に大いに参考になるはず」と語る。
アート作品として
劇画再評価の流れには、海外人気の"逆輸入"という側面もある。シンガポール映画の鬼才エリック・クー監督は辰巳作品「劇画漂流」に心酔。同作と短編数編で構成したアニメ作品「TATSUMI」を制作し、カンヌ国際映画祭などで絶賛を浴びた。また上村作品は2000年代に入って欧米で評価の声が高まり、「関東平野」がフランスやスイスのブックフェアや漫画祭で賞を受賞している。
サブカルチャー系の書籍やグッズを扱うまんだらけでは、上村作品を店頭に探しに来る外国人客が増加。「悪の華」「離婚倶楽部(くらぶ)」「夢二」「リリシズム」などの作品出版にも力を入れる。同社の辻中雄二郎副社長は「劇画がほとんど絶版となっていた90年代にサブカルチャーとして再評価する流れがあったが、今の人気はアート作品として見るフランス人ファンの感覚に近い」と分析する。
「パッと見てわからなくても、現代の日本の漫画には、物語や絵作りに劇画の流れが脈々と受け継がれている」と切明氏はみる。漫画文化が成熟した今、その源流をもう一度振り返る時期に来ているのかもしれない。
(文化部 富田律之)
[日本経済新聞夕刊2016年3月8日付]
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