専門職なら安心とは限らない AI時代の働き方は
かつて女性がある程度長く働ける職業としては、学校の先生と看護婦(看護師)が双璧でした。この2つは現在も社会から必要とされており、なくなってはいません。
一方、機械化によってなくなってしまった職業の例に、電話交換手があります。かつては大勢の女性が働いていましたが、現在ではほとんどが交換機に置き換わって自動化されました。
高度な専門職と思われていた職業も変わりつつあります。米国では既に年収300万円以下の弁護士が相当数、存在します。高度な専門知識があれば仕事は安泰なのかと思えば実はそうでもなく、専門家の知識やスキルほど、AIにとって習得しやすいというケースもあります。
専門家の知識をAIが学習、専門家を代替
その例を一つお見せします。当社・メタデータが開発した「この猫なに猫?」というウェブのアプリがあります。ネコの画像と種類をAIに学習させた上で、ある画像のネコが約70種類のうちのどれに相当するかを識別させるものです。ネコを見てその種類を判別するのは素人にはとても難しいのですが、AIは意外と簡単に習得できます。
あるいは、世の中にはエンジンの音を聞いただけでその種類が分かるというベテランのエンジニアがいます。しかし、米国の企業OtoSenseが開発した音声認識AIのシステムは、既に人間のベテランの能力を上回る1000種類のエンジン音を聞き分け、認識することができます。大量のデータを高速に認識、振り分けるような仕事に関しては、人間はAIに負け始めています。
といっても、AIは与えられた情報を認識しますが、概念そのものを獲得しているわけではありません。
例えば3歳の子供に「ママ」と「鳥」と「海」の写真を見せて、「どれがママ?」と聞けば100%正答するでしょうが、AIに学習させた後で画像を見せても「ママ:95%、鳥:4%、海:1%」といった答えしか出せません。主体性を持って、対象に意味づけや価値づけをすることはAIにはできないのです。
知識に基づいて判断力や理解力を発揮する「結晶性知能」は65歳でピークを迎えるといわれます。新しいスキルを獲得する能力も50歳代後半まで伸びるそうです。80歳のおばあちゃんでも、孫とメールをしたいがためにパソコンやスマホを覚えることはできます。自らのモチベーションによって能力を伸ばしたり、学校の先生のように他人のモチベーションに働きかけて新たな能力を伸ばすということはAIにはできません。
学習した知識を加工、応用して新しい知識を生み出すことは人間にしかできません。AIが大量のデータにマッチングをかけて、これまでは発見できなかった有望な見込み顧客を探してきたら、そこにアプローチをかけていくためのマーケティング能力や、顧客の新しい要求を発見する感性を人間はみがくべきでしょう。
自ら知識をつくり出せる人に
今後、プログラム開発も自動化されてプログラマーはいらなくなるという意見がありますが、これも見当外れです。むしろプログラマーは一級建築士やアーティストのような位置づけの、最もクリエーティブな仕事の一つになるでしょう。
機械とバッティングするような仕事は確実になくなっていきます。つまり、あまり頭を使わずにコツコツやるような仕事、機械の出来そこないのような仕事をしてはダメということです。
そして、仕事について「なぜこれをやるべきなのか」と考えることは人間にしかできないので、仕事において「なぜ」を問えない人は負け組になっていくかもしれません。過去の判例の検索ばかりしている弁護士は年収300万円以下かもしれませんが、新しい知識を自らつくり出せる人は仕事の価値を上げていくことができます。
AIが人間の仕事を奪うといった暗い話が注目されがちですが、マクロ経済的に考えるとこれは恐れるにはあたらないでしょう。今の人間の雑用が機械に置き換われば社会全体の生産性が上がり、社会の富が増えます。この動きは不可逆的なものです。例えば秘書の単純な業務はなくなるかもしれませんが、むしろAIの応用によって誰もが秘書を持てる時代がくるでしょう。
人と仕事のマッチングで適材適所に
AIの応用によって今後、大きな生産性向上が期待できる分野がたくさんありますが、その一つがまさに人と仕事を結びつける、人事の分野だと考えます。
企業で働く人の実に8割以上が、配置や働き方、職場の環境などに不満を持っているといわれます。しかし人事部門が、全社員の希望や詳細な適性・スキル、家庭の状況、さらには社内の人間関係などを把握して適材適所のマッチングをするのは至難のわざです。
こうした大量のデータとデータの最適なマッチングはAIの得意領域です。企業内だけでなく、例えば派遣会社の多数の登録者と、多数の仕事を最適にマッチングするという用途も期待できます。
あるいは、人と人の多彩な組み合わせの相性をAIに判定させて、なるべく最初から仲良くできる人々の組み合わせの候補を絞り出させるといったことも可能になります。
ただし、弱点もあります。通常の手法で機械学習させると、マッチングの対象の数が増えると計算時間が極端に増えてしまうのです。これに対して、実用に耐えるレベルまで処理時間を飛躍的に短縮したAIエンジン「xTech」を当社は3月にリリースしました。
AIに仕事を奪われないためには、「単機能のプロ」ではなく、AIの能力を利用して多機能のプロになること。特に、マネジャーはAIを利用することでその能力を飛躍的に拡大できるようになるでしょう。
メタデータ株式会社社長。理学博士。NEC中央研究所、MIT(マサチューセッツ工科大学)人工知能研究所・客員研究員などを経て05年にメタデータを創業。06年上期IPA未踏ソフトウェア事業でスーパークリエータ/天才プログラマ認定。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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