長続きしない人に 自分を磨く「この一冊」からの言葉
「昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと」
――「走ることについて語るときに 僕の語ること」より
本を書き始めてから「自己啓発」や「ハウツー本」を読むようになりました。それまでは読もうと思ってもどれを手にとっていいか分からなかったのです。
あまりにも本の数が多すぎます。読んだところで「ぐずぐずせずに、すぐにやり始める」という話を、手を替え品を替え書いてあるだけにも見えます。
結局、立ち読み程度で終わる本が大半でした。
「自己啓発の本を一冊挙げるとすれば何ですか」と尋ねられたら、私は村上春樹の「走ることについて語るときに 僕の語ること」を挙げます。
この1冊でいいと思っています。書棚、会社の机、鞄の中、枕元に置いてあります。
パラパラとひらいたページから2、3ページ読む。それだけでもかなり元気が出たり、今の生活を見直す気になれるのです。
中には一人の小説家が、毎日きっちり10枚の原稿を書くために、毎日10キロ走る。フルマラソンにも出場するということが書いてあるだけです。うまくいかないことも多く、時折弱音も吐きます。
それでも私が、座右の銘となる自己啓発本としてこの一冊を挙げるのは「コツコツと継続する気力」と「とことん自分を追い込む気迫」の大切さが、経験に裏打ちされた言葉で書かれているからです。
自分磨きに大切な二つのこと
「コツコツと継続する気力」
村上さんは、他人と比べるよりも「自分で設定した基準」に到達することに非常にこだわります。
「昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと」
これを目標にして小説を書き、走り続けているのです。
自分の体に「これだけの仕事をやってもらわなければ困るんだよ」と自分の目標を申し渡し、何かの事情で練習量を落としても、休みは二日と続けることはありません。
無口で勤勉な森の鍛冶屋のようにコツコツと身体も文章も鍛え続けているのです。
「とことん自分を追い込む気迫」
どんなに苦しいレース展開でも、村上さんはゴールまで走り続けます。
体から塩がふき、「身体中の筋肉がさびたカンナで削られる」ように苦しい。しかし村上さんは、止まることはおろか、歩くことすら自分に許しません。
自分の墓碑銘に「少なくとも最後まで歩かなかった」と刻みたい。そう考え、自分のエネルギーをとことん使い切るのです。
「コツコツ」と「とことん」
私は、自己啓発もハウツーも結局はこの二つの副詞を自分に言い聞かせることだと思っています。
「飽きた。マンネリだ。成果も出ない。でも、もう少しコツコツやろう」
「苦しい、逃げたい、もうダメだ。でも、ここはとことんやるしかない」
この二つのマントラが、どのページを開いても聞こえてきます。
ぜひこの一冊を鞄の中へ。できればジョギングシューズも新調すれば完ぺきです。
(文 ひきたよしあき)
博報堂クリエイティブプロデューサー。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局で、CMプランナー、クリエイティブ・ディレクターを経て現職。明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載。年間約1000本のコラムをfacebookに投稿し、幅広い世代から圧倒的な支持を得ている。著書に、「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ言葉の玩具箱」(京都書房)。
[nikkei WOMAN Online 2016年2月29日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。