加齢に大量の飲酒… おじさんが速読で頭を鍛える

2016/2/17
「速読甲子園」で表彰された優秀な学生たち
「速読甲子園」で表彰された優秀な学生たち

50歳を過ぎ、本を読む速度が衰えてきた。間違って反対方向の電車に乗ることも増えたし、20年ほど前からの知人の名前が浮かんでこないことも。加齢だけでなく、数十年にわたるほぼ毎日の大量飲酒も響き、脳がかなり弱っている気がする。

以前から気になっていたのが「速読」。うまく身に付けられれば、本を数倍以上の速さで読めるようになり、記憶力もよくなるという話だ。本当なら、まるで「脳の若返り」ではないか。

でもなんとなく不安だ。昔から「うまい話」に飛びついては失敗し続けた記憶がある。小学生のとき、通信販売で睡眠学習器を買ってもらったが、効果はまるでみられなかった。

まず実態を知らなければ。昨年11月、早稲田大学で「速読甲子園表彰式」があると聞き、見に出かけた。主催は日本速脳速読協会(SRJ)。SRJの速読用トレーニングソフトは全国2000弱の学習塾や小中学校、社会人向け教室で導入されている。

動体視力も向上?

社会人の部で優秀者として壇上に立ったのは北海道の女性会社員、吉村香澄さん。「1年前に始めたときは1分に600字くらいしか読めなかったが、3倍ほどになった」そうだ。しかも「目を速く動かす訓練をするので動体視力がよくなり、運転中にいろいろなものが目に入ってくるようになった」。

最近、ぼうっと歩いていて車にひかれそうになることが増えている。周りがよく見えるようになるのはとても心強い。

SRJは学校や塾だけでなく地方検察庁の職員研修にも採用された実績があるそうだ。「速読の効果はだんだん認知されつつある」(SRJの堀川直人代表)。睡眠学習器と違って、なんとなく大丈夫そうな気がする。

SRJは社会人向けには教室が少なく、パソコン用ソフトを使うトレーニングが主体だ。さっそく教材を申し込んだが、やはり生の講義も聞いてみたい。

そこで日本速読協会(SRJとは別団体)が東京・有楽町で定期的に開いている一日集中講座に参加した。午前10時から午後6時まで基礎を学習する。

映像でまるごととりこむ

井田講師による筑波大学での速読講習

「実は普通の人は、文章を頭の中で無意識に音声化して読むことで理解しています。すると口に出して読む速さでしか読めません。でも文章をかたまりで見て、映像として頭に取り込めるようになると、読む速度は飛躍的に高まります」

講師は企業や大学での研修も多い井田彰・日本速読協会代表。そんな言葉に、中学生から60歳代まで二十数人の受講生が聞き入っていた。わかるような、わからないような……。

例えば駅の「有楽町」という看板。いちいち脳内で「ゆうらくちょう」と音声化しなくても、見た瞬間に有楽町という駅だと判断できている。

ただし普通の人が目で即座に理解できるのはせいぜい10文字弱。「訓練でそれを長くし、数十文字程度のブロックごとに一瞬で頭に取り込めるようにしていく」(井田代表)

講座ではまず目を鍛える。雑誌のような大きさのページの両端にある目印を素早く目で繰り返し追ったり、ページ全面に配置された数字を視野を広げて一度に目に入れたり。なんだかくらくらした。

意識の集中が大事なので、丹田呼吸法という深く呼吸する方法も一緒に学ぶ。ただ緊張感が足りないのか、呼吸法の練習のたびに眠りに落ちてしまうのには困った。

3年前に始めた社会保険労務士の清水彰則さん(36)は「業界団体から送られてくる膨大な月報を読む時間が大幅に短縮された」そうだ。かなりうらやましい……。

小5女子に励まされる

一瞬で見て、果物の配列を再現する訓練。自分はまったくできず、早々にくじけた
文字が数行まとめて画面に現れ、一瞬で読み解く訓練。速すぎてわからなかった

市進学院の蒲田教室(東京都大田区)で速読を練習する小学生

「速読甲子園」を主催した日本速脳速読協会(SRJ)の教育ソフト。全60ステップあり、パソコン画面上で様々な訓練をする。塾ではどう使われているのか。SRJのソフトを採り入れている学習塾、市進学院の蒲田教室(東京・大田)を訪ねた。

夕方に塾に来た小学5年生の女子3人。パソコンでソフトを起動し、視点移動や文字の高速のなぞり読み、記憶ゲームなどを15分ほどこなす。週に2度、授業前にやるそうだ。

ソフトは回数をこなすほど内容が高度になる。1人は1年以上続けている“ベテラン”。1分間に4000字以上の高速で文字が画面を左から右に飛び去っていく。「あんなに速くてわかったの?」と聞くと、当たり前のように「うん」。

小山一弥教室長は「問題文を読む速度が速くなるので、国語だけでなく、ほかの様々な教科の成績も上がることが多い」と話す。

様々な色の絵が一瞬だけ浮かんで消え、何色だったか解答する「見る力」を鍛える画面。自分は全くできないのでくじけてしまい、中断していた。5年生女子に話すと「やってるとできるようになります」と励ましてくれた。がんばろう。

速読を入り口に能力開発

医学の知見を使いながら速読の講義をする栗田博士

せっかく速読を学ぶのだからいろいろ体験したい。速読を入り口に能力全般の開発を狙うのがSRS研究所。教室は東京・千駄木の閑静な住宅街にあり、東大医学部出身の医学・薬学博士で群馬パース大学学長の栗田昌裕氏が主宰する。土日を使う5日間のコースで、受講者は私を含め10人だった。今回が600回目という。

栗田氏は医学の知見を生かした様々な訓練法を総合的に講座に取り入れている。脳と密接に関連する手の指を左右で組み合わせて回す「指回し体操」、手足を動かすことによる視力への刺激、全体を幅広く見る力を試す「迷路ブロック」……。これらに速読練習を組み込む。

頭の中で文章を音声化する「音の読書」を脱し、映像で理解できるようになることを、SRSでは「光の読書」と呼ぶ。第一歩は「ものをしっかり見る」ことだそうだ。

「目を閉じてください。部屋の前方の窓際に花瓶がいくつありましたか?」と栗田博士。そういえば色とりどりの花を入れた大きな花瓶が何個かあった。3つほどか。ところが目を開けると7つ。自分がいかにぼんやりとしか周りをみていないかに気付き、がくぜんとする。

記者として出来が悪かったのは「ものをしっかり見ていなかった」ためらしいと、ようやくわかった。なんという致命的な欠陥か。

数行をまとめ読み

週末を使う5日間の講座の後半になると、速読訓練は高度さを増す。文章を2~3行ずつ、いっぺんに目で追っていくのだ。下まで読んだ後、視線を上に戻すのは時間の無駄。このため次は下から上に読む。つまり2~3行ずつ、上下に波のように視線を動かしていく。

私はこのあたりから、講座が目指すのとは違う方向にゆがんだ進化をし始めた。「音の読書」の能力が何となく高まってきたのだ。高速で目を動かしても、部分部分で脳内で音読できている気がする。

これは文章を映像として理解する「光の読書」には邪魔。音読を一切できなくしようとさらに目で追う速度を上げると、今度は内容を理解できないというジレンマ。講座終了までこの状態が続いてしまった。

一方、1個4センチメートル四方の中に迷路が作り込まれた「迷路ブロック」。当初は1分で8個しかクリアできなかったが、視野が広がったのか、終盤では15個に。慣れもあるだろうが、50歳を超えて能力が進化を見せたのはうれしい。脳が少し若返ったのではないか。

ものをしっかりと見よう

3つの団体の講座の導入部を経験したが「光の読書」が身についた感覚は残念ながらなかった。同じ時期に学び「光の読書の感覚がわかった」という受講生も何人かいたので、私は完全な落ちこぼれだ。

全員が簡単に身につけられるものではなく、適性に加えて継続的な努力が必要なのかもしれない。ただし「音の読書」の速度は確かに何割か上がった。これは明らかなプラスだろう。

「そこで満足するのはもったいない」というのは10数年前の司法試験受験時代からSRSで学んだ弁護士、木谷京子さん。「私は速読学習を通じて、見たもの、体験したもの全般から、以前より豊富な情報を受け取れるようになり、仕事や育児などに幅広く役立っている。一生懸命に続けてみてはどうですか」

速読の体験後、普段からものをしっかり見ようと心がけるようになった。何気なく見ていた街に「こんな面白いビルが」「この通りにこんな花が」など様々な発見があった。少しずつは変化できている気がする。

(編集委員 田村正之)

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