5歳と7歳の子ども2人を残して留学 34歳母の真意
ハーバード流ワークライフバランス
「女性にとって日本で働くのはやっぱり大変なの?」
ハーバードでの留学生活スタートから4カ月。世界中から集まる学生からよく聞かれる質問だ。
「MATAHARAで女性は会社を辞めるんでしょ?」。マタニティハラスメント=MATAHARAはいつから万国共通の言葉になったのか…驚きを隠せず、答えに詰まってしまった。
「日本の今後」がテーマの講演会では、「厚生労働省が女性登用のために、中小企業への助成金を始めたが、申請が一つもないのはなぜ?」と出席者から具体的な質問が飛び、日本人パネリストが答えに詰まる場面に遭遇した。アベノミクスが世界の注目を集めると同時に、成長戦略の重要課題である女性の登用と活躍もこのままでは絵に描いた餅になる事が、残念ながら見透かされているのだ。
「夫を残して留学」が普通
私が留学しているハーバード・ケネディ・スクールは公共政策を学ぶ大学院だが、いわゆる「勉強」が第一義的な場ではない。日本では、大学院は「研究」や「学問の追及」をする場所だという感覚が強いが、ケネディ・スクールに来る生徒の目的は「人脈の構築」や「自分のキャリアを改めて考える」ことだ。生徒の出身国はもちろん、関心のあるテーマも金融、国際開発、教育、と多岐に渡る。そして卒業後、生徒は政府(中央・地方)、民間企業、NGO・NPO、国際機関など、十人十色のキャリアへと進む。
そんな学校に来て一番驚いたのは、女性のクラスメートが描く自由な未来だ。婚約者や夫を自国に残して来ている女性のみならず、夫と子供を自国に残している女性、夫を自国に残し子供と一緒に留学している女性が「普通に」いるのだ。カザフスタンの政府関係者、ドイツのニュース番組のアナウンサー、ファッション業界で働いていたフィンランド人女性…出身国も職歴もバラバラだが、それぞれ自分の道を開拓しに来ている。
確かに、日本人の中でもそのような両立をしている人もいるが、「例外」、さらには「何かを犠牲にしている人」と見られがちだ。「女性進出」を考える上で自分や周りの友人を苦しめているのは、制度の問題に加え、社会によって構築されているこのような価値観だ。ハーバードに来ている女性たちにとって、キャリアと家庭の両立があまりにも当然なことに、私は衝撃を受けた。そして心底、羨ましく思った。
子に国際感覚を望むからこその留学
韓国から来ている34歳のドンヨンの場合――。華奢で小柄な彼女は、見た目によらずイラク駐留経験もある軍人だ。留学前は、国防省で政策企画官として働いていた。
ドンヨンの一日は、ソウルにいる夫、そして7歳と5歳の子どもとのビデオ電話から始まる。「お友達と何をして遊んだの?」「ママは今、国と国がどうやって仲良くできるのか、勉強しているのよ」。この30分の毎朝の会話が、原動力だという。女性が家族を残して単身で留学するのは、日本だとあまり考えられないと正直に伝えると、意外な答えが返ってきた。
「確かに子どもをソウルに残すのは、とても心苦しかった。でも私は彼らに国際感覚を持った、感受性の豊かな子どもに育ってほしい。そのためには、自分がまず母親としてそのような価値観を吸収しないと与えられない」
そのような考え方を持っていても、行動に移すのは大変だ。私もその価値観には共感できる反面、自分自身は母親が家庭に常にいる環境で育ったので、子育てを自分以外の人に委ねる事に躊躇(ちゅうちょ)するかもしれない。キャリアと子育ては果たして両立できるのか。
ドンヨンは、良き母の役割は傍で愛情を与えることに限らないという。
「彼らが社会に出て大きな課題に直面したときに、母親として良きロールモデルとなれるよう、自分も精進しなければいけない。社会に貢献する姿を見せるのも、母親の重要な責務だと思う」
ハーバードで出会う人は、男女を問わず、社会に貢献したい、何か世の中のために働きたいと、目を輝かせている人ばかりだ。アメリカ人の友人が口にした言葉が今でも、印象に残っている。
「競争を勝ち抜いて、大変な苦労をして、やっと得た貴重なキャリアを、子どもを産んだからといって簡単に手放せない。」
好きな仕事、信念を持った仕事を見つけられたからこそ、両立をしたいというモチベーションが沸くのではないか。そんなヒントを得た会話だった。
テレビ局で報道記者・ディレクターとして4年働く。東日本大震災の取材やフィリピンでの台風被災地のボランティアを通して、災害復旧に興味を持ち、退職を決断。フルブライト奨学生として、ハーバード・ケネディ・スクールで学んでいる。
[nikkei WOMAN Online 2016年1月7日付記事を再構成]
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