武道館に8000人集めたラジオ番組『あ、安部礼司』
日経エンタテインメント!
2015年10月2日、平日の夜ながら8000人の観客が詰めかけた東京・九段下の日本武道館。だが、そのお目当てはアイドルグループでも人気バンドでもない。実は1人の"40代サラリーマン"だった。
開催されていたのは、ラジオ番組『NISSAN あ、安部礼司~BEYOND THE AVERAGE~』(以下、安部礼司)のイベント。番組は平均的(=アベレージ)な44歳、安部礼司を主人公としたラジオドラマで、彼の職場や家庭を舞台にしたコメディタッチの物語を、この世代が懐かしむ楽曲とともに送る。スタートから10年目に突入したのを記念して、生でラジオドラマを見せる今回の「ABE‐GIG」が企画された。
1万円のチケットも完売
この日は、「金の名刺」や「10年手帳」といったプレミアム特典付きのアリーナ席(1万円)が完売するなど、会場はほぼ満員。過去には無料ながら、関連イベントに延べで約3万人を集める(表参照)など、『安部礼司』はラジオ番組としては破格の動員力を持つ。番組プロデューサーのエフエム東京編成制作部・砂井博文氏は、「ラジオの中のキャラクターに会いたい、その世界観を楽しみたいというリスナーが毎回たくさん集まってくれます」と話す。
『安部礼司』の特徴は世の中のリアルな動きを反映していること。ドラマの脚本には、リスナーの中心である30代~40代男性が関心を持ちそうなトピックを取り入れている。例えば、山本耕史と堀北真希の結婚から女性の口説き方を勘違いする男性を話題にしたり、ラグビー日本代表の五郎丸歩選手がキックの前に同じ動作をする話から、定食屋の日替わりが変わらない話へ展開する、という具合だ。
そして、登場人物もリアルに年を取る。06年のスタート時に34歳だった安部は毎年1歳ずつ年齢を重ねてきた。その間にはリスナーと同様、景気の浮沈や東日本大震災にも遭遇。結婚し、子どもが2人生まれるなど、人生の大きなドラマも体験している。こうして"同時代を生きる"キャラクターの泣き笑いに共感した同世代のファンが、熱烈に支持しているのだ。
番組の次なる課題はリスナー層の拡大だ。砂井氏は「メインターゲットを変えるつもりはない」としつつ、「安部が40歳を超えた頃から、下の世代を意識して番組は少しずつ変化してきた」と話す。
例えば、音の演出。以前は番組中に流れるのは80年代の楽曲のみだったが、最近は小室サウンドなど90年代の曲にも拡大。ドラマ内のBGMや効果音などには、最新ヒットも登場する。
キャラクターとしては「ゆとり世代」「さとり世代」の後輩も登場。ジェネレーションギャップも、物語のひとつのテーマになった。
さらに新たなリスナーを求めて、レギュラー放送以外の場にも進出。4月から月~木曜18時57分のミニラジオ番組『平日、安部礼司』がスタート。7月には1カ月限定ながら、番組の世界観を基にしたアニメ『金夜、安部礼司』をテレ東で放送する試みも行っている。
ドラマやアニメなどフィクションのジャンルでも長寿作品は多々あるが、大半はテレビアニメ『サザエさん』のように舞台設定は不変というもの。主人公がリアルタイムで年を取り、それで10年も続いた番組はほとんど例がない。
「10年後も同じ時間帯にこの番組を放送していることが、今の最大の目標です」と砂井氏。その時、安部礼司は54歳。誰も経験したことのない領域を番組は目指す。
(日経エンタテインメント! 山本伸夫)
[日経エンタテインメント! 2015年12月号の記事を再構成]
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