「すき焼き県」宣言の群馬、視線の先には東京五輪ブランド力万年下位の汚名返上、「一石三鳥」狙う

「うどん県」といえば香川県、それでは「すき焼き県」はどこでしょう?――。このクイズに答えられる人はあまり多くないかもしれない。老舗の有名店が軒を連ねる東京か、それとも牛鍋発祥の地とされる神奈川県か、と思いきや、正解は群馬県。地元ですら「すき焼きって群馬の名物だっけ?」と首をかしげる県民も少なくないが、県があえて「本場」の名乗りを上げた背景には、2020年を見据えた緻密なブランド戦略がある。

上州和牛(右)はすき焼きにすると甘みが際立つ

「すき焼き自給率100%」掲げる

群馬県が「すき焼き応援県」を宣言したのは2014年9月。牛肉やネギ、春菊、糸こんにゃくなど主な具材の生産量がいずれも全国上位に入っている、という至ってシンプルな理由だ。讃岐うどんという圧倒的なブランドを抱えるうどん県に比べて、すき焼き県を名乗る大義名分はやや弱いかも……。しかし、「すき焼き自給率100%」を掲げるだけあって、食材には並々ならぬこだわりをみせている。

「群馬のすき焼き」の具材に細かいルールはないが、県が想定するレシピは地元の代表的な特産品がずらり並ぶ。すき焼きの主役である牛肉は「上州和牛」。神戸牛や松阪牛など高級ブランド牛に比べて知名度では劣るものの、優れた肉牛を選ぶ全国コンテストでトップ5に入るなど、畜産業界では以前から品質の良さに定評があった。赤身と霜降りのバランスに優れ、すき焼きの割り下に絡めると口の中で上品な甘さがふんわり広がる。14年には日本のブランド牛としては初めて欧州連合(EU)への輸出も始まり、美食の本場でも評価を次第に高めつつある。

上州和牛・下仁田ネギ… 県想定のレシピ

すき焼きの名脇役であるネギは、全国に知られた高級ブランド「下仁田ネギ」。生のままでは舌を刺すような辛みがあるため薬味には向かないが、焼いたり煮たりすることで独特の甘さや風味がじわじわにじみ出る。東京・恵比寿の人気料理店「賛否両論」の笠原将弘さんも「下仁田ネギはどんな料理にも合うすばらしい食材。うちの店でも冬場は必ず出しています」と太鼓判を押す。身はしっかりと太く、すき焼きの中では主役の牛肉を食ってしまうほどの存在感を発揮する。

畜産業界では「いいにくの日」とされる11月29日。群馬県は今年からこの日を「ぐんま・すき焼きの日」に定めた。高崎市内で開いた制定記念イベントで、地元食材でつくったすき焼きをほおばった大沢正明知事は「極上の上州和牛からにじみ出た肉汁に、下仁田ネギがしっかりからんでいる。これがうまくないはずがない」と目尻を下げた。

昨年9月の「すき焼き県」宣言以来、県内の温泉旅館は夕食にすき焼き料理が付く宿泊プランを設定したり、食品メーカーが地元食材を使ったすき焼きセットを発売したり、県ぐるみでPRに力を入れている。

「これといったおもてなし料理がない」群馬

なぜ、ここまですき焼きにこだわるのか。群馬もほかの地域と同様、訪日外国人など国内外からの観光客呼び込みを強化している。観光PRの有力な武器は地元の食材を生かしたグルメだが、「群馬にはこれといったおもてなし料理がない」(県ぐんまブランド推進課の小山聡さん)という切ない事情がある。

県外にも広く知られる群馬名物の代表格は、蒸したまんじゅうに味噌を塗ってこんがり焼き上げた焼きまんじゅう。しかし、地元では主に軽食やおやつとして食べられるケースが多く、県外からの観光客への「おもてなし」にはやや弱い。うどんのような麺を野菜と一緒に煮込む「おっきりこみ」という伝統料理も県民にはなじみ深いものの、山梨のほうとうとかぶる要素も多く、県外の知名度はいまひとつだ。

北陸新幹線が今年3月に金沢まで延伸開業し、首都圏からの観光客が増えている富山、石川県はいずれも北陸の豊富な海の幸を前面に押し出した観光PRを展開する。寒ブリやホタルイカ、バイ貝など富山湾で採れたネタだけでつくる「富山湾鮨」はその典型だ。一方、同じ北陸新幹線の沿線に位置する群馬県は内陸県のため、海の幸を武器に使えない。首都圏に肉や野菜、果物を供給する食の宝庫でありながら、ほかの地域との違いを打ち出しにくかったのが長年の悩みだった。

もう一つの課題は「群馬」自体のブランド力の弱さだ。2011年の日経リサーチ「地域ブランド力調査」で群馬は全国47位と最下位。その後の調査でも下位に甘んじている。

「おんせん県」宣言で大分に先を越される

「○○県」という看板を掲げるブランド戦略をめぐっても、群馬県には苦い記憶があった。群馬は草津や伊香保など数々の名湯を擁する全国屈指の温泉地だが、別府や湯布院を抱える大分県が12年10月に「おんせん県」を突如宣言し、商標登録を申請。群馬には「群馬こそ日本一の温泉地とうたってきたのに……」(大沢知事)と先を越されたことへの衝撃は大きかった。

地元企業は県産食材によるすき焼きセットを販売している。

今回は全国の自治体のブランド戦略をあらかじめ調査し、すき焼きの本場を正式にうたっている地域がないことを確認した。糸こんにゃくの材料であるコンニャクイモの生産量が全国の97%を占めるなど、群馬が独占的に手掛けている食材も含まれており、ほかの自治体に追随されにくい利点もある。県外にPRできる名物料理をつくり、地域ブランド力を高める一石二鳥の戦略が「すき焼き県」宣言だった。

すき焼き推し、県民「知っている」2割だけ

ただ、すき焼きの食材には恵まれている群馬だが、肝心の県内の認知度はいまいちだ。群馬県民を対象にしたアンケート調査によると、県が「すき焼き推し」であることを知っていたのは今年6月時点で全体の21%にとどまった。すき焼きを食べる頻度も「半年に1度」「1年に1度」が合わせて過半数を占め、それほど身近な料理ではないことも明らかになってしまった。

群馬の目標は東京五輪が開かれ、訪日外国人が大幅に増えるとみられる2020年までに「群馬といえばすき焼きというイメージを広めること」(小山さん)。すき焼きの消費量が増えれば地元産の牛肉や野菜の需要も高まり、地域農業にとってもプラスになる。名物料理とブランドに加えて、農業振興という「一石三鳥」をねらえるか。まずはおいしいすき焼きで県民のハートを温めることが、第一歩になりそうだ。

(下村恭輝)

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